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20.純情少年は走り出す


 

 はぁ〜……。
 
「ちょっと比奈。鬱陶しいよ。何回ため息ついてんの」
  
 放課後。教室の机に突っ伏してため息をついてたら、無二の大親友に温かい言葉をいただいた。
  
「だって小宮……あれから放課後一緒に帰ってくんない……」
 ぐすん、と涙ぐむ。
 麻美は呆れた顔でジュースパックのストローを弄った。
「あの顔を比奈に見られたくないだけでしょ。ボロボロだったもんね」
 うーん……。
「……そうなのかなぁ?」
 
 イツキと小宮のケンカから二週間が経った。
 風のように走り去っていったイツキ。あれから顔を見てない。メールの返事もくれない。
 ナオにちょっと聞いてみたら、かなり荒れてるって言ってた。
 一体どうしちゃったんだろ、イツキは。
 
 あたしもジュースを飲むことにしてパックにストローを挿し込んだ。落ち込んでるあたしを見かねて麻美が奢ってくれたのだ。
 ああ……親友の優しさが身に染みる。
 
 イツキのことも気になるけど、それよりももっと気になるのは小宮の態度。
 二人の間に何があったのか訊いても教えてくれないし、それどころかイツキの名前は先生に言わないで、ってあたしに頼み込んできた。
 それは、小宮がそう言ってくれるなら、あたしとしてもちょっとホッとするところだけど。
 イツキはあたしの友達だから。停学処分とかになったりしたら、少し胸が痛む。
 でもあんな酷いことされたのに、イツキを庇う小宮の気持ちは分からない。
 あの後、しばらく見せてた小宮の真剣な表情の意味も――
 
「でもさ、教室で毎日顔合わせてるんだから今更じゃん? それに大分良くなってたもん、顔の傷」
 麻美の既にどうでもよさそうな顔を振り向きつつ言う。
 
 そう――小宮はあの日の翌日から、放課後一緒に帰ろうと誘うと、
 
『ごめん。病院に寄って帰らなきゃいけないから』
 
 って、断るようになったんだ。
 これってなんか避けられてない?
 
「だから、言葉通り病院に寄ってんでしょ」
「それくらい付き合ってあげるのに! なんで断るのよ! 小宮のばかぁーっ!」
 
 そうだそうだ! こんなカワイコちゃんが心配してるってのに、あの素っ気無い態度はなに!?
 せっかく最近いい雰囲気だったのにっ。頭だって撫でてくれたし、まさにこれからっ! ってトコロだったのにっ!
  
「ハイハイ。いくらでも吠えてて。そろそろあたし帰るよ。この後バイトだから」
「えーっ。この後ヤケ食いに付き合ってくれるのが友達ってもんじゃないの〜!?」
「悪いけどそんなに暇じゃないのよ。じゃ、また明日ね、比奈」
 
 うわっ! ホントに帰ろうとしてる!
 麻美ったらヒドイ!
 
「ちょっと待ってよ麻美! 一緒に帰ろうよ〜」
 あたしも鞄を持って立ち上がる。帰る準備帰る準備、っと。
「早くしてよ」
 と、窓の外に視線を投げてた麻美がふと何かに目をとめたようで、
「……あれ?」
 と首を傾げた後、あたしに顔を向けた。
「やっぱあたし先に帰るよ、比奈。グラウンド見てごらん」
「えっ? なんでなんで?」
 急に先に帰るだなんて、淋しいこと言うじゃない?
 ちょっとむくれつつ、麻美の指差す先を見る。
 そこはいつもと変わりない夕暮れのグラウンド。運動部の元気そうな練習風景が目に入る。これがどうかしたんだろうか――って。
  
  
 えええっっ!?
  
  
「こっ、こみやぁぁ!?」
  
  
 小宮だ。
 
 グラウンドのトラックを走る運動部の部員達。二列の隊列を作って威勢のいい掛け声と共にざっくざっく進んでる。
 その中に、白い柔道着を着た集団があって。
 列の最後尾にいるのは、あのダサイ茶色のメガネをかけてるのは、間違いなく小宮だ!
  
「なんで放課後一緒に帰ろうとしないか、分かって良かったじゃん。声かけに行くんでしょ? ごゆっくり〜」
 麻美は手をひらひらさせながら教室を出て行った。
 うう。声をかけたいって思ったの、なんで分かんの?
 あたしも急いで勉強道具をしまい、グラウンドへと駆けだした。
 
 真っ赤に染まったグラウンドに出ると、ちょうど小宮達はランニングを終えたところだった。タオルで汗を拭きながら移動する部員達。
 こっそり後をつけると、彼らは『空手部』の看板を掲げてる建物に入って行った。
 
 空手部に入部したんだ、小宮……。
 
 なんでいきなり?
 って疑問の答えは、こないだのケンカしか思いつかない。
 まさか小宮、イツキに仕返ししようとか思ってるんじゃ……。
 でも小宮とイツキじゃ、根本的に体の造りが違うよ。ムリムリ。
 ちょっと空手齧ったくらいで敵うわけないって!
 
 しばらくすると「セイッ!」とか野太い声が聞こえてきた。
 中で何をやってんのかもんのすごく気になる。
 ううっ。覗いてみたい。
 覗いたら怒られるかな?
 入り口にそーっと近付き、引き戸を少しずつ開けれないかと指をかける。
 
「あれ? そこで何してるの?」
「わきゃぁっ!!」
 
 ビックリした。
 突然後ろから声をかけられて、妙な悲鳴をあげてしまった。心臓が口から飛び出るかと思ったよ。
 
 振り返るとそこにいたのはジャージを着た女の先生で、ポカーンとした顔であたしを見てる。
 見たことのある先生だけど、直接教えてもらったことのない人だから名前を思い出せない。
 
「す、すみませんっ! ちょっと覗いてみたかっただけなんですっ!」
「覗いて……? もしかして入部希望?」
「ち、違いますっ! あ、いえ、えーとっ。希望ってゆーか、まだそこまでは決めてないんですけど、ちょっと気になってて」
 言いながら、そういえば堂々と入れる方法あるじゃん! と考えた。
 
「ああ、なるほど……。見学したいのね?」
「そうそう! それです! ちょっとでいいんで見学させてください!」
「いいわよ。私はここの顧問なの。どうぞ中に入って」
 
 女の先生は、にっこり笑ってあたしを中に招き入れてくれた。ヤッタネ!
 
 中は完全な道場で、緑の畳が敷き詰められていた。
 畳の上では掛け声と共に拳を正面に突き出す部員達の姿が。
 
 いたっ! 小宮だ!
 
 目当ての姿はここでもやっぱり列の最後尾にいた。
 後ろ姿だけど、体つきでなんとなく分かる。
 一生懸命、細い腕を振ってる。
 道場にあがって隅っこに座らせてもらった。
 ここからなら、小宮を横から眺めることができる。
 あたしの姿に気付くかな〜? と思ったけど、全然気付いてなさげ。小宮はメガネを取ってしまっていた。
 
 真剣に拳を突き出す小宮。額にはびっしり汗の玉。
 メガネを取った端正な素顔の小宮が妙に凛々しくて、この道場で一番輝いて見えた。
 
「突きやめっ! そこまでっ!」
 
 ああんっ。もう終わりかぁ〜。
 もっと見ていたかったのに残念。
 
 大きな体の人が大きな声を出すと、全員キレイにピタッと動きを止めた。
 それから今度は道場の端っこに一列に集まり、畳の上を順々に転がりだす部員達。片腕を前に伸ばしてジャンプしながら前転する。
 何の練習だかさっぱり分からない。ローリングなんちゃらって必殺技でもあんのかな?
 道場の端っこの四辺をなぞるように前転する部員達はあたしの目の前を次々と転がっていった。 
 その際、好奇心剥き出しの眼を向けられたりして、ちょっと居心地悪い。
 黙って見てると、小宮の番になった。
 他の部員達より全然不恰好だけど、一生懸命転がってる小宮。ちょっと可愛い。
 
 頑張れ小宮!
 
 気付けば心の中で応援しながら片膝を乗り出していた。
 それは、丁度こっちに転がってきた小宮がばっちり目の前にくる位置で。
 起き上がった小宮がふとこちらを見た拍子に、しっかりと目が合った。
 
「えっ……ひ、比奈さんっ!?」
 
 次の瞬間、ぎょっとして固まる小宮。
 
 あ。止まっちゃダメだって、小宮。後ろからまだ転がってくる人が……。
 
 ばこんっ
 
 ハイお約束〜。
 
 後ろから前転してきた人の足に蹴られて、畳に突っ伏す小宮。
 
 その後主将さんに、しこたま叱られたのだった。
 
 
		
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