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21.あたし病気!?


 

 すっかり日が暮れた帰り道。
 まだまだ明るい商店街を、部活が終わった小宮とあたしは、久しぶりに肩を並べて歩いた。
 
「比奈さん、いきなり居るんだもん。びっくりしちゃったよ」
「あははは。ごめんね。ランニングしてる姿が見えたから、ちょっと気になっちゃって。あたしこそびっくりしたよ〜。いきなり空手部なんて入部してるんだもん、小宮」
 さっきから愛想笑いが止まらないあたしは、ここでもまたわざとらしく笑って言った。
 
 なんだか、さっきからソワソワ落ち着かないんだ、あたし。怪しい人みたい。
 小宮と一緒に帰るの、すんごく久しぶりだからかな。
 小宮って、普段学校では用事でもないと話しかけてきたりしないから、こんなに気安く話せるのはやっぱり下校の時しかないわけで。
 バス停までのほんの数分の距離だけど、こうして話せるのがめっちゃ嬉しかったり。
 
「うん……黙っててごめんね。ちょっと恥ずかしくて……。まだ全然形になってないし」
 恥ずかしそうに俯く小宮の表情を見るのも久しぶり。
 
 あぁ〜〜いつもの小宮だぁ〜〜。
 
 あの手を握りたい。肩をトン、ってぶつけたい。
 もっと近くで顔見たいよぉ〜〜っ。いつもならそのくらいパパッとやっちゃうのに、今日はどうしたのあたしっ。
 なんだか妙に気恥ずかしくって、思うように体が動かない。触ろうとすると、さっきの真剣でカッコイイ小宮の顔が頭の中にちらついて、途端、手が止まってしまう。
 
 ファイッオー! ファイッオー! 頑張れ比奈!
 
 あの電信柱っ! あそこまで行ったら、がばっと小宮に抱きつこう!
 これは女慣れしなきゃいけない小宮のためでもあるんだから、うん!
 そしてあわよくばチュッ、な〜んてしちゃったりして、できればその先も――
 
「ってイケナイ女教師かあたしわぁ〜〜〜!」
 
「ひ、比奈さん!? いきなりどうしたのっ。そんなに頭ぶつけたら出血しちゃうよっ」
 
 突然電信柱に突進して頭をゴンゴンしだすあたしに、びっくりして小宮が言った。
 
「ごめん……なんかどこぞのエッチビデオみたいな桃色課外授業が頭を流れて……」
「また僕に見せようとエッチビデオとか漁ってたの……? トラウマになりそうだからもう遠慮したいんだけど……」
 以前、エッチ雑誌を無理矢理見せた時に高熱出して寝込んだ小宮は、少し嫌そうに表情を落ち込ませた。
「え、えへへへ。今度はもうちょっとソフトなの借りてくるから……って、それはいいんだけど、小宮、なんでいきなり空手始めたの?」
 
 そうそう。一番訊きたかったことを、忘れずに訊いておかなきゃ。
 あたしはじんじんするおでこもそのままに、電信柱から小宮の方に振り返って訊いた。
 
「え……それは……」
 
 言いにくそうに視線を逸らす小宮。
 やっぱり後ろめたい理由があるんだろうか。
 イツキをボコにしたいとか。むしろボコにされそうで恥ずかしくて言えないとか。
 
「小宮……こないだはあたしの友達が酷いことして本当にごめん。でも、イツキに仕返ししようとかはやめといた方がいいよ。アイツ、アマチュアだけどボクシングやってるんだから。体の鍛え方が全然違うんだよ?」
 言いながら心配になってきた。
 小宮がイツキに無謀にも挑みかかって、またこないだみたいにボロボロにされたら……。
 
 やだ。絶対にやだ。
 
 もうあんな小宮の姿、見たくない。
 
 あたしの言葉を聞いた小宮は一瞬キョトンとした顔をした。
「仕返し? まさか……僕にそんな度胸はないよ」
 弱々しい笑みを浮かべて言う。
「でも、こないだのことがキッカケなのは確かでしょ? あれから二週間もあたしと一緒に帰ってくれなかったじゃん。病院だなんて言ってあたしのコト避けて……。イツキのコトで、あたしも嫌われたのかなーとか思ったりしたんだよ?」
 
 やだ。言ってたらちょっと涙ぐんできた。
 自分で思ってたより、堪えてたのかな、あたし。小宮に避けられてたこと。
 
「比奈さん……ごめん、嫌な気分にさせちゃったんだね。こないだもみっともないところ見せちゃったし……顔を合わせ辛かったんだ」
 
 小宮はそう言いながら、いまだ電信柱に寄り添うあたしの元にやってきた。
「僕が体を鍛えようと思ったのは、確かにこないだのことがキッカケだけど、それは不甲斐ない自分が恥ずかしかったからで……。比奈さんのこと嫌いになったとか、そんなこと全然ないよ」
 あたしを安心させようと優しく微笑んでくれる小宮。
 店の明かりが横から照らしてるせいか、いつもより大人びて見えてドキッとした。
 
「ホントに、怒ってない……?」
「比奈さんに対しては怒ることなんてこれっぽっちもないよ。むしろ力のない自分にイライラするっていうか……」
 あたしの目の前で頭を垂れ、小さくため息を洩らす。
 再び顔を上げた小宮の目は、どこか遠くを見ていた。
 
 真剣な瞳。
 
「……もっと、強くならなきゃ、って思ったんだ。大事なものを守るためには……」
 
 吸い込まれそうな色に思わず惹きつけられる。
 いつから小宮、こんな男っぽい表情するようになったんだろ。
 
「大事なものって?」
 
 気になって訊いてみると、小宮の顔がフイッとあたしに向けられた。
 真剣な瞳でじっと見つめられ、何故だか背中がぞくっとした。
 
 な、なに? そんなに見られると落ち着かないじゃん。
 
 恥ずかしくなってきて体が勝手にもじもじしだす。小宮相手なのに。
 次の瞬間、ふっ、と優しく緩められる小宮の口元。
 
「なんだと思う?」
 
 ドキッ
  
 
 な。なんだと思うって。訊いてるのはこっちなのに。
 分かるわけないじゃん。ズルイ。
 
「わ……わかんない……」
 
 俯き加減で答える。
 やばい。なんかまたドキドキしてきた。顔も熱い。目がまともに見れない。
 
 一瞬、キョトンとする小宮。
 それからくすっと――――。わ、笑われた〜〜〜〜っ!
 
 
 
 カーッ
 
 
  
 思わず隠れたくなって、電信柱にがしっと貼りついた。
 
 なんで笑うの!? なんでそこで笑うの!?
 
 一気に体が熱くなる。大混乱。アセアセしてきて、どうしたらいいかわからない。
 
 そんなの全く気付かない様子の小宮は、楽しそうな顔をあたしから外して前を向き。
 くすくす笑いもそのままに、
 
「相変わらずなんだから、比奈さん。分かるまで秘密ってコトにしとこうかな」
  
 なんて余裕たっぷりに言うのだ!
 
 ひ、秘密ってなにそれっ、すっごい気になるじゃんっ! 
 
 小宮のくせにナマイキなぁ〜〜っ!
 
 
 そう叫びたいけど声が出せない。胸が苦しくてノドがつまってる。
 小宮の横顔から目が離せないなんて……これって、もしかしてトキメいてる?
 で、でもいつものトキメキと違う。いつもより……。
 
 
 どくん、どくん、どくん
 
 
 やばい。おかしいよコレ。異様に脈が速い。ドキドキしまくってる。
 
 
 トキメキ通り越して、これって病気なんじゃない!?
 
 
「比奈さん?」
 
 あたしの異変に気付いた小宮がまたあたしを振り返る。
 
 途端、ドキンッと心臓が跳ね上がった。
 
 
「やっ!」
 
 
 今度こそ電信柱に顔を隠した。
 
 体がどんどん熱くなって、頭もぼーっと痺れてくる。
 呼吸が乱れて息が苦しい。心臓が躍ってばくんばくん、の暴走状態。
 
 完全に病気だ! お昼にチョコをヤケ食いしすぎたから高血圧になっちゃったんだアタシ!!
 
 
「比奈さん、どうしたの? 苦しそうだよ」
 電信柱に抱きつくあたしを、心配そうに覗き込んでくる小宮。
 
 ひえっ。バクバクが更に大きくなった!
 
 だ、だめっ。近寄んないで小宮!
 
 
「なんか……息が苦しくて……フラフラしてきた……。あたし、早死にするかも……」
 逃げるようにずれながら力のない声で言うと、
 
「ええっ!? だっ、大丈夫っ!? 風邪かな!? そこの薬屋さんで何かお薬買って行こう!」
 
 顔色を変えてオロオロしだす小宮。
 
「高血圧に効く薬、売ってるかなぁ……?」
 これが遺言になったらイヤだなぁ、と思いつつ呟くと、
 
「僕、血圧計買ってくるっ!」
 
 途端、小宮は大慌てで薬屋さんにすっ飛んでいった。
 
 
 なんで血圧計なのかよく分かんないけど、ありがとう小宮。
 でもあたし、もうダメかもしんない……。
 小宮の優しさはあの世に行っても忘れないから……。
 
 
 しかし数分後、気付けば胸の息苦しさはすっかり収まってて。
 あれ? 大丈夫じゃん。と我に返ったところにすごすごと戻ってくる小宮。がっくりうなだれて言うことには。
 
 
「どうぞ病院にお行きください」、と冷たく店員さんにあしらわれたんだとか。
 
 
		
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