公園の花壇の前で話した翌朝。 小宮は登校してこなかった。 どうしちゃったんだろ? バス停前で別れた時は元気そうだったのに。 いきなり風邪でもひいたかな? そう思いながらぼーっと窓の外を眺めてると。校門から誰かがやってくるのに気付いた。 あっ。 小宮じゃん! 驚いて席から身を乗り出す。途端、先生に怒られた。 「窓からバックレようとか思ってるのか浜路」 アイタタタ。今は授業中でした。 クラスのみんなにも笑われちゃった。 でもその数分後、教室に入って来た小宮の姿に、笑いは静まった。 あたしもビックリしてまじまじと小宮を見つめる。 頬に当てられたガーゼ。赤く腫れた口の端。 小宮には似つかわしくない生々しい傷あと―― 静かに、小宮は言った。 「すみません、病院に寄ってきたため遅れました」 「小宮! どうしたのそれ!?」 昼休憩になると同時に小宮の元に駆け寄った。 すぐさま訊いてみたけど、小宮はあたしを見て、 「あ……」 と小さく声をあげただけで口をつぐんでしまった。 それからフイ、と目を伏せる。 「こらっ! 無視はないでしょ、無視は! 言いにくいんなら言わなくていいケドさ。返事くらいしなきゃダメでしょ!」 なんだその態度。 ムッとくるあたし。 ぷりぷりと怒ってみせると、小宮はすまなさそうな顔でちらっとあたしを見た。 「うん……そうだよね、ごめん。これは……ちょっとぶつけちゃったんだ」 どこにどういうぶつけ方したらそうなるの? ツッコミたかったけどやめといた。 小宮の表情がいつもより暗いし。 どんくさい小宮ならあり得るかも……だし。 だけど。 「ねぇ、お昼一緒に食べよ? イチョウのベンチで」 思わずそう誘ったのは、なんとなく胸がモヤモヤしたからだと思う。 小宮が、あたしと目を合わそうとしないから。 でもやっぱり小宮は目を伏せて言うのだ。 「今日は……お昼、食べないから……」 ズキン―― 「じゃあ、あたしのお昼に付き合って!」 腕を取って無理矢理外に連れ出した。 階段を下りて体育館へと向かう。校舎と体育館をつなぐ渡り廊下で道を外れ、煉瓦敷きの地面を歩いてイチョウの木に辿り着く。 この大きなイチョウの木の下にあるベンチは『イチョウのベンチ』と呼ばれ、カップルに人気の場所となってるのだ。 足の重い小宮をそこに座らせてあたしも隣に座った。 小宮はどうしちゃったんだろう。 どうしてあたしを見てくれないんだろう。 昨日も目を逸らしてたけど、様子が全然違う。恥ずかしがってるとかじゃない。 「口、大丈夫? 食べるのもツライの?」 少し距離を置いて座る小宮に訊くと、 「今は……ちょっとツライかな、口動かすの。でもそんなに酷い傷じゃないから……」 どこか焦点の合わない目で答える小宮。 昨日までの優しい瞳はどこに行っちゃったの? 「あ、あたしのお弁当でよければ何でもあげるからさ。元気だしなよ、ほら」 パカッと開いた弁当箱の中身を小宮に見せて言う。ちょっとムリしてるような声になっちゃった。 「どれがいい? ウィンナー? 玉子焼き? 冷凍モンがほとんどだけどさ。あたしが作ったんだよ、これ」 おかずを一品一品指差して薦める。 小宮は驚いた顔であたしを振り向いた。 うっ……。冷凍モンはちょっとまずかった? 嫌なニュースもこないだ流れてたし。 手作りって言っときゃ良かったかな? 「比奈さん、自分でお弁当作ってるんだ……」 あ、驚きポイントはそこなんだ? 「うん、うちはママが忙しいから。自分で適当に作ってる」 「……凄いね。僕なんかがもらっちゃってもいいのかな?」 「小宮が元気になるんならいくらでもあげるよ!」 小宮があたしの方を向いてくれたのが嬉しくて。特大の笑みで答えた。 「ありがとう比奈さん……」 良かった。 ちょっと口元が弱々しいけど。小宮の顔に笑顔が戻ってくれて。 「気紛れでも……」 ん? 「気紛れで付き合ってくれてるんだとしても、比奈さんの優しさは本物だから……」 なにそれ? なんの話? 「僕は……やっぱり、比奈さんといたい」 急に真剣な目であたしを見つめてくる小宮。 一瞬、ドキンと心臓が跳ね上がった。 「気紛れって……なんでいきなりそんなこと……。あたし、気紛れで小宮につきあってるわけじゃ……」 言いながら胸がドキドキしてくる。 息が苦しくなって、次の言葉が出てこない。 えっと。えっと。なんて言えばいいの? こういうの。 あたしは何を言おうとしてるの? 熱っぽい小宮の瞳だとか。 真摯な表情だとかがあたしを戸惑わせて。 突然襲ってくる混乱。 ダメだ。頭が真っ白に―― 「比奈」 その時、どこからかあたしを呼ぶ声が聞こえた。 ハッと振り返ると、そこにいたのは―― 「イツキ」
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