「あー……あったあった、そんなコト。思い出したよー」 あたしはその時の記憶を思い返しながら言った。 確かに去年の秋、荒れた花壇を麻美と一緒に直したことがあった。 せっかくの蕾が倒れてて凄く哀しかったんだ。 あたしみたいな素人が直せるわけがないとは思ったけど、じっとしてらんなくて。でもやっぱり上手く茎を立たせらんなくて。 そこにやって来た花壇係がすごく頼もしく見えたっけ。 無口だけど真剣な表情で、手際よく植えなおしていった彼――あれが小宮だったんだ。 なんで忘れてたんだろ。 しょんぼり頭を落として言った。 「ごめんね、すぐに思い出せなくて」 「ううん、比奈さんにとっては、花壇を直したことなんて大したことじゃなかったんだよね。僕は比奈さんのそういうところが凄いと思う」 「凄いことなの? それって」 「少なくとも僕にはね」 にこっと笑って言う小宮。変なヤツ。 あんなの、たまたま通りがかってたまたま直しただけなのに。 でもそう言われるとちょっぴり偉いことしたような気になってきたかも。 そっか。小宮は喜んでくれたんだ。 花壇直して良かったな……。 「その時にもうあたし達は知り合ってたんだね。一緒のクラスになった時、すぐにあたしだって分かったの?」 「ん……実は、比奈さんのコトは結構前から知ってたから、もう顔も名前も覚えてたんだ」 少し言いにくそうに顔を俯ける小宮。 あたしはビックリして小宮を見た。 「え? そうなんだ? どこであたしのコト知ったの?」 「入学した時から……比奈さんって結構有名だったから……」 有名!? 「あたしが!? 全然知らなかったー! どんな風に有名なの!?」 身を乗り出して訊く。でも小宮は一瞬押し黙ってフイと顔を背けてしまった。 「え!? なにその反応!? もしかして良くない噂!? すんごいバカだとか!?」 「え……と」 視線をたっぷりと泳がせて。それから小宮の顔は再びあたしを向いた。 「凄く、可愛い子がいるって」 なっ! な・な・な。なんかそれって、 「いかにも作ったっぽい〜〜! あたしをからかってる!? ねぇ、からかってる!?」 今のちょっぴり本気にしかけたぞ! 「あは、あは。あ、そ、そうだ! このポーチュラカの花言葉知ってる?」 「ごまかそうとしてるでしょそれ!? 花の名前も知らないのに、花言葉なんか知るかっつぅの!」 「まぁまぁ。『いつも元気』って言うんだよ。なんか比奈さんみたいだよね?」 「微妙にバカにされてるくさい〜〜!!」 どうせあたしは元気だけが取柄ですよっ。 ぶう、と頬を膨らませて小宮を睨む。 「ごめんごめん。バカになんかしてないよ。ホントに比奈さんみたいだな、と思って」 「へぇ〜そうですかっ」 「もうひとつの花言葉も……」 「なに!? 今度はなに!?」 ヒステリックに返す。もう完全にむくれたもんねっ。 だけど次の瞬間、優しく目を細めた小宮の笑顔に射抜かれて。 息が、止まった。 「『無邪気』――」 どくん―― 「だってさ。本当に比奈さんみたいだ」 ずるい。 そんな優しい顔で言うなんて。 トキメキそうになったじゃん、今。 不意打ちの微笑みに思わずクラッときて、中腰の姿勢のまま後ろによろめく。 バランスを取ろうと下がる足は、だけど自分を支えきれなくて。 気付いたら、足を滑らせて、後ろに倒れてた。 あっ、と声をあげる間もなく天を仰ぐ。 頭をぶつけるのを覚悟した。 だけど。 「比奈さん!」 慌てた声と同時に引かれるあたしの手。 ぐいっと強く。しなやかに。あたしを引き起こす。 次いであたしの背中を支えてくれる温かいもの。 地面への激突を防いでくれる、その温かい手の主は―― 小宮。 小宮だ。 信じらんない。 「大丈夫、比奈さん!?」 焦った顔であたしを覗き込む。 ずれた眼鏡がほとんど落ちかけて。真摯な瞳は目と鼻の先。 助けてくれてありがとう―― ってのよりなにより。 「小宮。平気なの……?」 「え? 何が?」 全く気付いてない。 今の自分の状況を。 「あたしに触って、平気なの?」 言った瞬間、小宮の顔がはっとなった。 あたしの背中に腕を回し、半分抱きかかえるように支えてる自分の状態に。 やっと気付いたのだ。 「あ……平気……かも」 ぷぷっ。 自分で自分に驚いてるよ。 「咄嗟だったから……」 「咄嗟でも凄いよ! 自分から触れたじゃん!」 あたしは身を起こして、小宮の手をぎゅっと握った。 小宮は少し赤くなったものの、前みたいに固まることはなかった。 「慣れてきてるんだよ、確実に! ガチガチ症を克服してきてるんだよ!」 「そうなのかな……?」 「うん! きっと、あとちょっとだよ! あとちょっとで普通の男の子並みになれるよ!」 興奮して飛び上がりそうになった。 小宮があたしに触れるようになる! 小宮からのキスも夢じゃない! 嬉しくて嬉しくて、空に舞い上がりそうだった。 「ありがとう。比奈さんのおかげだね」 「いいのいいの。お礼は最後までとっといてよ。ちゃんとエッチできるようになるまで付き合うから、ネ?」 自分でも信じられないくらいテンションが上がってて。 この時、あたしは気付けなかった。 小宮の表情が一瞬曇ったことに。 「エッチできる日も近いね、きっと! そしたらお祝いしようね! 大きいケーキとか買ってさ!」 「うん……そうだね……」 「うわぁ〜〜っ! 超楽しみぃ〜〜っ!」 小宮の手をぶんぶん振って、浮かれまくったこの日。 きっと明日からはもっと深い仲になれる。 小宮と気持ちいいことができる。 そう信じて疑わなかった。 まさか――思いもよらなかったんだ。 小宮が、あんなことになるなんて。
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