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11.けっこうマジメに働いてます


 

「ジョッキビール6!」
「はーい!」
「トマトサラダとフルーツ盛り合わせ!」
「はーい!」
 
 次々とやってくる注文に、キッチンはてんやわんや。
 あたしともう一人のキッチン担当の青年は絶えずせかせかと動いてた。
 煌びやかな店のホールの奥はまさに戦場。ステンレス製の作業台は始終モノで溢れかえってるのだ。
 これぞ裏側ってカンジ。
 
「ビールは私がやるわ」
 華やかな深紅と黒のスーツに身を包んだママが、不釣合いな戦場にやってきた。
 オーナーであるママが直々に手伝うほどにこの店は繁盛してる。それっていいことなんだけど、もう少しお客さん少なくてもいいのに、なーんてね。
 
「オーナー、木村さんが呼んでる。一緒に飲みたいって」
 派手な巻き毛のコがカウンターの向こうからママを呼んだ。
 このコはうちの No.3。いわゆるキャバクラ嬢。
 
 そう、あたしのママはキャバクラのオーナーなのだ。
 
「木村さんが? もう……うちはクラブじゃないって言ってるのに。しょうがない人ねぇ」
 苦笑しながらキッチンを出て行くママ。
 ママはキャバクラ嬢じゃないから、普通、指名はできないんだけど、超お得意様に限り相手をすることがある。
 
「私みたいなオバサンのどこがいいのかしらね」ってママは言うけど、娘のあたしから見てもまだまだ若々しくて綺麗だと思う。
 ママ目当てのお客さんも結構いるのだ。 
 
 みんな忙しく働き続け、お客さんの数がようやく残り少なくなったな、と思う頃には深夜1時を過ぎていた。
「あっ! もうこんな時間! 比奈、ごめんね。終電過ぎちゃったわね」
 一番忙しい時間帯が過ぎてほっと一息。
 ココアでも淹れようかと思ってたらママが戻ってきた。
「明日は土曜日だからいいよ。眠くなったら控え室で寝てるから」
「後はあたし達が適当にやっとくわよ、比奈ちゃん。お客さんからもらったサクランボがあるから、これでお茶したら?」
 髪をアップにした口元がチャーミングなメイさんがやってきた。
 その後ろには、アカリさんや千尋さん。お客さんが少なくなったから、キャバ嬢のみんなも手が空いてきたみたい。
 
「えっ! サクランボ!? やったぁ〜〜っ! しかも箱入り! 超美味しそぉ〜〜っ!」
 メイさんの手の中にある赤い粒入りの箱が光って見える!
 うわっ。うわっ。夢の箱食い!?
 
「悪いわね、みんな。キッチンの手伝いなんてしてもらって」
「どうせもう閉店だし、いいんですよ。アフターもないですしね」
 花が咲くような笑みをこぼすステキなお姉さま達。うちのキャバ嬢はみんなすんごくいい人達なんだ。
 お茶を淹れるのも待ちきれず、あたしは箱からサクランボを一個つまんで口の中に入れた。
 
「うっひゃぁ〜〜っ。甘いぃぃ〜〜〜〜っ」
 
 超幸せ。激幸せ。甘酸っぱさが全身に染み渡る。
 あまりの美味しさに頭が痺れてふわふわ意識が飛びだした。
「ホント、サクランボ好きね〜比奈ちゃん。顔が蕩けてるわよ」
「だって美味しいんだも〜ん。メイさんありがとぉ〜〜っ」
「いいけど、あんまりゆっくりもしてられないんじゃない? 明日はなんか用事があるって言ってなかった? デートなら目にクマは不味いわよね」
「あ、そーか! 明日は午前からだった!」
 メイさんの指摘で明日のスケジュールを思い出した。慌ててエプロンを外す。
 シャワーは帰ってからとしても、洗顔は今のうちに済ませたい。明日の肌がカサカサになっちゃう。
 せっかくのサクランボだけど、タッパーで持って帰ってゆっくり食べるのは明日にしよう。うぅ〜名残惜しい。
 
「色んな男の人と付き合うのもいいけど、そろそろ一人に決まらないの? 比奈」
 エプロンをメイさんに渡す横でママがため息をつきながら言った。
「一人だけなんてつまんないもん」
 ちょっと唇尖らせ気味に答える。ママは最近こういう質問をたまにする。
「比奈ちゃん、特別に好きな人はいないの?」
 今度は千尋さんが訊いてきた。お嬢様ヘアが似合う清楚なカンジの人。
「うーん……。みんな同じくらい好きなんだよね〜」
「まだまだお子様だねー、比奈ちゃんは」
 アカリさんに笑われる。
 ぶう。みんなしてあたしをネタにして〜〜。
 
「でも、最近妙に楽しそうなのは、誰かいい人でも見つかったってコトだと思ってたけど?」
 あたしから受け取ったエプロンを着けながら、メイさんがチラッとあたしを見た。
「ああ、それはクラスの男子に面白いコがいてね。色々そのコに教えてあげてんだ」
「教えてあげる? 比奈ちゃんが何を?」
「女の子との付き合い方って言うのかなぁ? 初体験の相手を頼まれたんだけど、すんごいウブでさ、そのコ。手を繋ぐだけで真っ赤になっちゃってカッワイ〜の!」
「童貞の純情少年!? うっわ、アッタシ好み〜!」
 
 ちょっとビックリした。若いコ好きのアカリさんが食いついてきて。
 
「ダメだよアカリさん。アカリさん相手だと小宮が怯えちゃう。ただでさえ女の子苦手なんだから」
 
 積極的なアカリさんに小宮を会わせたら即行押し倒しちゃいそう。そしたら小宮、気絶どころじゃ済まないよきっと。
 
 
「ふ〜ん……」
 
 と、クスッてカンジで笑われた。メイさんだ。
 え? なに? なんか可笑しかった今の?
「明日のデートもそのコとなの?」
 今度はママに質問されて、「うん」と頷く。
 明日は小宮と一緒にお昼を食べて、映画を観る予定。
 ボーリングとかもやったコトないって言うから、教えてあげるつもりなんだ。
 いかにも運動オンチっぽい小宮のことだから、ずべってレーンで転んだりして……くぅ〜〜楽しみぃ〜〜!
 
 
「うわ。ニタニタ笑い。スケベくさー」
「も〜〜っ! アカリさんはそういうコトばっか言うんだからっ!」
「今度そのコ連れてきてよ、比奈ちゃん」
 真面目で優しい千尋さんに言われるけど。
 こんな所に小宮なんか連れてきたら、キャバ嬢に囲まれて、突っつかれて。
 
 きっと、多分、弄られまくって……。
 
 
 
 ……なんか、ヤだな。小宮があたし以外のコに弄られるの。
 
 
 それに絶対すぐ気絶しちゃうよ。そしたら介抱するのあたしなんだからね!
 
 
 思わずぶうっとそっぽを向いて答えた。
 
 
「こんな魔性の巣には連れてこれませんっ!」
 
 
 何故かそのあと、どっと笑いが弾けたのだった。
 
 
		
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