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10.平穏な日々と不穏な風


 

 小宮と屋上で初めて話したあの日から、一ヶ月が過ぎようとしていた。
 若葉はどんどん緑を濃くし、風は暖かくなっていった。
 
 ――五月下旬。
 
 春はもうすぐ終わっちゃうんだろう。でもあたしと小宮の春は、今が真っ盛りってなカンジに盛り上がってる最中で。
 
 
「小宮。敵を倒すにはまず敵を知ること、って言うよね。つまり女を押し倒すには、女を知ればいいと思うのよ」
 あたしはぐっと拳を握って目の前の小宮に力説してみた。
 
「倒すと押し倒すってかなり違うような気が……」
 小宮の遠慮気味な突っ込みはスルーして立ち上がる。
 あたしと小宮以外、この屋上に誰もいないことをさっと目で確認。柵にもたれかかって座る小宮の姿を見下ろした。
「つまりそういうワケで、今度は視覚的に女の体に慣れてく作戦はどうかな〜と」
 言いながら、制服のスカートの裾を両手でつまんでゆっくり持ち上げる。
 我ながら自慢の美脚。艶めかしい太股のラインが現れた。
「ちょっ! こんなとこで何やってるの比奈さん!」
 慌てて目を覆う小宮。こんなところだからこそ効果があるんだけど、こういうのって。
 ラブホテルで太股をすすーっと見せたって、寒いしギャグにしかならないと思う。
 
「ホラ、しっかり見て小宮! 小宮のためにやってるんだからね! こんな恥ずかしいコト」
 ホントに恥ずかしいヤツだよアタシ。
 ハタから見たら必死に男を誘ってるフェロモン女みたいじゃない?
 自分でそう意識したらカーッと頬が熱くなってきた。
「お、女の子のスカートの中は、軽々しく見ちゃいけないって、死んだお祖父ちゃんが……」
「またお祖父ちゃんネタっ!? このじじっ子っ! ぱんつまで見せる気はないから安心してよ」
 言うと目を覆ってた小宮の手が少しずつ開いていった。
 ゆっくり、ゆっくり。花が咲くみたいに。
 
「あ〜もぉ焦れったい!」
 
 待ちきれなくて、その手をがっしと掴んだ。一気に開かせて、小宮の目を覗き込む。
 よしよし、目もちゃんと開いてるな。
「脚くらいでオロオロしないの。これは訓練なんだから……」
 そう言いかけた時。悪戯な風が吹き抜けた。
 
 
 ぶわっ
 
 
 一瞬にして捲くれ上がるスカート。
 見えた。今のは間違いなく見えた。
 
 えーと、今日は確か白いレースの紐パン……オッケー! 可愛さランク2位のヤツだ!
 
 アハハ、と照れ半分のごまかし笑いを浮かべる。
 
「ちょ、ちょっと得した気分? なんちゃってー……」
 
 とかおどけて言ってると、目の前の小宮の体がずるっと横に傾いで……って、まさかっ!?
 
「いっ!? ちょっ、小宮!? 小宮っ!? しっかりして小宮っ!」
 
 
 
 まさかぱんつくらいで!?
 
 
 
「死なないで小宮ぁぁぁ〜〜〜〜っ!!」
 
 
 
 
 見事に昇天。今日も気絶で授業終了。
 
 
 チーン。
 
 なむ〜。
 
 
 
 
 
 
 どうしたものやら。小宮の気絶癖。
 あたしは授業そっちのけでそんなコトばっかり考えていた。
 世界史の先生が語る古代文明の話も右から左に筒抜け状態。面白くないワケじゃないんだけど、小宮の方が気になって。
 ノートをシャーペンの先でトントンと叩く。
 授業用のノートじゃなくて、サクランボノート。小宮の能力表。
 相変わらずほんとんどレベル1なんだよね。
 
 
 小宮とは放課後毎日一緒に帰ってる。
 公園に寄って、手を繋ぐ練習、肩を寄せ合う練習。
 少しずつ触れ合える時間を伸ばしてきてる。最初に比べたらかなりマシになったと思う。
 でも……まだまだなんだよねぇ。
 
 
 ため息。
 
 
 このペースじゃキスに辿り着くのもいつになるやら。
 ここんとこ無理強いせず、小宮の成長を見守ってるあたしだけど。
 たまにどうしようもなく焦れったくなる。
 いっそ押し倒しちゃろうか……とか思っちゃったり。
 でも休火山じゃどうしようもないもんね。
 
 
 うぅっ……思い出すと落ち込む。
 甲斐性なしっ。小宮の甲斐性なし野郎〜〜っ!
 
 
 
 キッと数席向こうに座る小宮の横顔を睨んだ。
 そんなあたしの視線なんて全く気付くワケない小宮なんだけど。この優等生め。
 
 むぅぅ……。って、あれ? なんか微妙に楽しそう。
 
 あたしはじっと小宮の横顔に見入った。
 いつもの生真面目な顔なんだけど。
 たまにフッと口元を緩める。先生の頷きに合わせて。それから小さく頷く。
 
 ……すんごい浸ってるカンジ。
  
 そういえば遺跡とか好きだって言ってたな。
 うん、なんか目をキラキラさせて言ってた。こないだのデートで。
 昔の人が作る物って、機能的だけどそれぞれの時代の美学があって面白い、将来遺跡探索とか行ってみたい。そんなコト言ってた気がする。
 そっか。古代文明の話が楽しいんだ。
 
 
 …………。
 
 
 
 あたしもちゃんと授業聞かないとね。
 
 
 パタン、とノートを閉じた。
 
 
 
 
 
 
 それから昼休み、いいコトを思いついたあたしは隣の教室に向かった。
 小宮の『男』を目覚めさせる作戦を思いついたのだ。
 その名も『マグマよ噴き上がれ! 休火山活性化大作戦!』。
 麻美に言ったら「アホ」って呆れられたけど。
 アホはないと思うんだよね、アホは……。
 ぶう。
 
 と、ともかくっ。
 要するに小宮を興奮させてみようって話で。
 女の子に触れないとしても、見ることはできるワケだし。……あたしのぱんつで気絶したけど。
 生じゃなきゃ耐えられると思うんだよね。
 例えば写真とか。
 ぶっちゃけエロ本とか。
 
 ……いきなりエロ本はきついかな?
 
 でもたまにはショック療法も試してみたいし。
 小宮には頑張ってもらお〜っと。
 
 そんなわけでナオの姿を探した。
 イツキの友達のナオは女好きでスケベだから。一冊くらい持ってると思うんだよね。
 
 教室の中を覗いてキョロキョロ。
 
 ……いない。
 
 グラウンドかな、と踵を返すと。
 
「どうした比奈?」
 
 いきなりイツキが立っててビックリした。
 
「ひゃっ! ぶつかるかと思った!」
「ぶつかったら治療代請求すっぞ」
「え〜。どこのヤクザもんよソレ〜」
 
 軽い冗談に応えて笑いあう。
 
「ね、ナオ知らない?」
「グラウンドでサッカーしてたな。アイツになんか用か?」
「エッチな雑誌持ってるかな〜と思って」
「ああ、アイツなら腐るほど……。ってお前が見んのか?」
 訊かれて思わず口を滑らせた。
「ううん、あたしじゃなくて小宮……あっ、なんでもないっ!」
 ヤバイヤバイ。
 あたしがやってるコトがバレちゃう。
 慌てて口をつぐんだ。
 
「小宮……? 随分仲良くなったんだな」
 あちゃっ。優等生嫌いが発動してる。
 不機嫌そうにしかめられたイツキの顔をおずおずと見上げた。
「そうでもないよ? 普通普通」
 言い訳してるっぽくていたたまれない。
 その場を去ろうと足を動かした。でも。
 
「週末、クラブ行くか?」
 
 イツキに問いかけられて足を止めた。
 
「ごめん。しばらく夜は遊べないんだ。店の人出が足らなくって。あたしも店を手伝ってんの」
 すかさずお断り。
 これは本当だからしょうがない。今、平日休日もほぼ毎日手伝ってる。
 お客さんが少ない時以外はお店に入り浸り。土曜日なんてピークだから遊ぶのなんて絶対ムリなんだよね。
 
「そーかよ、ちぇっ。たまには手伝いなんかサボって来いよ?」
「あはは。息抜きしたくなったら行くよ。じゃあね〜」
 
 なんとなく気まずいカンジを引き摺ったまま。
 手を振ってイツキと別れた。
 
 
		
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