店を出てから、あたしは隙あらば小宮とスキンシップを図ろうと目を光らせた。 せめてキスくらいはできないとエッチなんてできやしない。 街角のアイス屋さんでカップのアイスを買って近くのベンチに座った。 「美味しいね」 「うん、ここのチョコは絶品だよぉ。小宮も食べてみる?」 にっこり笑いながらスプーンでアイスをすくい、小宮に向ける。 「いや、僕はいいよ。また今度食べてみる」 「じゃあ、小宮の一口ちょうだい♪ あ〜〜ん」 こういう甘いやり取りも二人の距離を縮めるのに大事なことなのだ。 あたしは口を開けて小宮がアイスをくれるのを待った。でも小宮はパッと顔を背け、 「た、食べかけだから、よした方がいいよ」 これまたおカタいセリフ。ノリが悪いなぁもう。 むぅ〜と少し考えて、ふと小宮のアイスにのってる赤い粒に目をつけた。 あたしの大好きなフルーツ。真っ赤なサクランボが枝付きでちょこんとのっかってる。 よし、これでいくか。 「じゃあ、このサクランボもらってもいい? 大好きなんだ、あたし」 「サクランボ……? あ、うん、いいよ。どうぞ」 「口の中に入れて、小宮」 小宮は一瞬ぎょっとした顔になり、傍目にも丸分かりなほどうろたえた。 あ〜ん、とあたしは再度口を開けて待つ。 ふふん。小宮にも少しはノってもらわないとね。 だけど、なかなか小宮は行動に移してくれなかった。 あわあわあわあわ。メガネも一緒にあわあわしてる。 へー。こういう時メガネって蒸気で曇るんだ。 いやそんな新発見はどうでもいいんだけど。 1分経過。ひたすら待つ。 2分経過。欠伸を噛み殺す。 3分経過。そろそろシメてもいい? 「ほら、早くぅ〜」 額に青筋を浮かべながらも可愛く催促。 ホントに早くして欲しい。どんどん哀しい状態になってくアイスを切ない目で見つめた。 それでもまだこれでもかってくらい焦らした後、小宮はとうとう観念してくれた。おずおずとサクランボの枝をつまむ。 ホッ。アイスが溶けきる前に決めてくれて良かった。いいかげん手も冷たいし。 「……ハイ」 真っ赤になった顔を俯けたまま、枝の先っちょを持って差し出してくる小宮。その手の先まで赤い。 仕草は可愛いんだけど、半分液状のアイスが視覚的にキツイ。 サクランボが溶けない食べ物で本当に良かった。 まぁそれは見なかったことにして……。 「いっただっきま〜す♪」 あたしは枝の先のよく熟れた赤い粒をパクッと口に含んだ。 ああ、サクランボの味〜〜っ。 「美味しい〜っ!」 あまりの美味しさに蕩けるほっぺを手で包み込む。 これ、缶詰のやつじゃなくてちゃんと旬のサクランボだ。 甘酸っぱさが口いっぱいに広がって、ふわふわ空を飛んでるみたいな幸せ心地。全身を駆け抜けるあま〜い痺れ。 や〜っぱサクランボは最高〜〜♪ これ食べると、春だなぁ〜って気分になるんだよね。思わずにへらっとしちゃう。 あぁ〜一度でいいから桜の木一本分食べ尽くしてみたい〜〜。 ふと気付くと小宮が顔を上げて、あたしに微笑みを向けていた。 メガネの奥の優しい瞳―― な、なんだろう、急に。 今までずっと目を逸らしてたくせに。 そんなに見られると……ちょ、ちょっと照れたり……。 ……微妙にドキドキもしたり…………。 ………………。 あ、あはは。調子狂っちゃうなぁ〜。 ゴクッ 「……げほっ! あぁ〜〜っ! タネ飲んじゃったぁぁぁ!!」 「えっ! 大丈夫!?」 「ど、どうしよう小宮っ! お腹の中で育ったりしないかなっ!?」 「ぷっ……いつの時代の話してんの、比奈さん」 むぅ〜〜っ。小宮に笑われた〜〜〜〜っ。 「だ、だって、ママが言ってたんだもん!」 むくれるあたしを見てくすくす笑う小宮。 うー。小宮に笑われるなんて屈辱! 頬が熱くなってプイッとそっぽを向いた。 小宮の楽しそうな視線を頬に感じる。「ごめんごめん」なんて言いながら声まで笑ってるし。あーもう! なんだか恥ずかしくって小宮と目が合わせられない。 あたしはアイスをヤケ気味にかっこんだ。 くやしーっ。いつもと立場が逆転してる〜〜っ。う〜う〜っ。 うー……。あ、でも……。 はた、と気付く。 段々……いい雰囲気になってきたかも? スプーンに齧りつきながら冷静になってみる。 うん。ちょっと恥かいちゃったけど、段々カップルっぽくなってる気がする。 こう、お互いもじもじするような、くすぐったい甘さがね、うん。出てきてる気がする。 よぉ〜〜し、この調子で緊張をほぐしていって、一気にホテルへ……! 俄然、張り切ってきたあたしはイケイケムードで小宮の服選びを続けた。 でも結局のところ、最初に入った店の服が一番シンプルで、あたしの押しに負けた小宮はそれを購入。早速着替えてカッコ良くなった小宮と街を歩いた。 そして、ファーストフードで軽い夕食を済ました後。 「じゃ、そろそろ行こっか小宮!」 小宮の手をぎゅっと固く握って言った。 「え? 行くって、どこへ?」 「そんなの決まってるじゃない〜。いいからあたしに任せて! こっちこっち!」 未だ手が触れただけでガチガチに固まる小宮だけど、無理矢理握ればなんとか手を繋げるようになった。でもやっぱり顔は真っ赤。そのせいか小宮の手はいつも暖かい。 その手を引っ張って、有無を言わさず駅の反対側に移動。こっちは遊び処の多いあっちと違ってそんなに賑やかな雰囲気はない。 数軒の飲み屋がある細い路地を抜け、目的の建物が姿を現す。 「えっ。まさか……」 そう、もちろんその「まさか」だ。 入り口の看板にある「休憩、宿泊」の金額を確認。うん、お手ごろ価格。 「だって、最初からこれが目的でしょ?」 にこっと笑って言うと小宮の顔が真っ赤になった。頭からボンッて湯気出てきそう。 「服もビシッとキメたし、今日こそ初体験だよ!」 「で、でも、僕、今日はもうお金が……」 「貸しにしといたげるから」 「こ、心の準備もまだ……」 「そんな悠長なこと言ってたら一生チェリーのままだよ!」 手に篭めた力を一層強くする。 「大丈夫だって! 最初はみんな緊張するんだよ。失敗したって気にしない気にしない!」 そう――この時はまだ、小宮のガチガチが、初体験への緊張から来ると思ってた。 失敗したらどうしようとか、意識しすぎて固くなってるのかと。 だからリラックスさせてから勢いにまかせて一気にやっちゃえばいい――そう思ってた。 だけど、コトはそう簡単ではなかったみたいで。 「ホラ、今日は仏滅だし。こういうのは大安吉日を選んで」 「どこの結婚式だっ! そんな大袈裟なものじゃないでしょっ!?」 「あっ! そ・そういえば僕、下着が昨日のままだったような」 「どうせシャワー浴びるんだから関係ないですっ!」 「お、お祖父ちゃんの、ゆ、遺言で、はは・初体験は満月の日にって」 「そんな遺言あるかぁぁぁ――っ!!」 思わずべしーんと頭を引っぱたいてしまった。 「往生際が悪いなぁもう! 男ならビシッと腹を括らなきゃダメッ!」 手をグイッと引っ張って入り口へと歩き出す。小宮の顔は赤くなったり青くなったりしてた。 「比奈さん、僕、あの、実は」 「言い訳は後で聞くから。とにかく一度やってみるべしっ!」 「ごめん、僕、ホントはその……」 「こんなの大したことないって! むしろ気持ちイイんだからっ! あたしにまっかせて!」 入り口の自動扉がガーッと開いた。あと一歩足を踏み入れれば、そこはもうラブホテル。 「や、やっぱりダメだっ! 比奈さん、僕もう……う……」 まだオロオロしてる小宮を引きずり込むべく、一気に腕を引く。 「さ、行くよ♪」 震える足が自動扉を踏み越えた。 その瞬間。 「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 ホテル中を揺るがす大音声があがった。 物凄い力であたしの手を振り解く小宮。 パニック状態で回れ右して走りだす。 あたしを振り返ることもせず、一目散に走って去っていく。背中がみるみる小さくなって道の奥に消えた。 ――――ボーゼン 文字にすると、まさにボーゼンてな顔をしてたと思う。 入り口に一人で残されたあたし。 ガーッ 目の前で虚しく自動扉が閉まった。 あは。あはは。 あははははは……。 ど。 どんだけぇぇぇぇぇっ!?
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