QLOOKアクセス解析

 

6.メガネ男子は勇気を出す


 

「小宮」
 
 月曜の放課後。
 あたしはキッとすごんだ顔で小宮の背中に声をかけた。
 帰ろうと鞄を持ち上げた小宮はびくっと体を震わせて、それからおずおずとあたしを振り返った。
 すまなさそうな顔であたしを見る。
「話があるから一緒に帰ろ」
 シュンとうなだれてる小宮を伴って教室を出た。
 
 
 
「あたし、怒ってるんだからね。いきなりほっぽって帰られて」
 学校近くの公園に寄って、広場のベンチに座ったあたし達。
 せいぜい怖い顔を作って小宮を横目に睨んだ。
「ごめん……」
 猛烈に反省しただろうってのは一目で分かる。小宮の落ち込んだ顔は病人みたいに白い。
「なんで逃げたの?」
「怖くて……本当にごめん」
「女の子を置いて帰るなんて超失礼だよ。しかもホテルの中で」
「うん。そうだよね……」
 下を向いた小宮から聞こえる声は弱々しくて。
 許してあげたいんだけど、でも、どうしても……。
 あたしは唇を噛みしめた。
 
「本当は、あたしとエッチするの、イヤなんじゃないの?」
 
 堪えきれない言葉が漏れた。
 
「えっ! 違うよ! そんなことないよっ!」
 俯いてた顔をこっちに向ける小宮。真剣に否定してくれてる。
 でもあたしの視界は潤んでた。
 
「小宮とのデート楽しかったし、エッチもすごく楽しみだったんだよ……?」
 
 うん、楽しかった。
 小宮の素顔を見るのは、とても楽しかったし嬉しかった。
 普段学校で優等生してる小宮が、あたしにははにかんでくれる。真っ赤な顔して手を繋いでくれる。
 エッチの時はきっとすんごく気持ち良くなれる――そう思ってた。
 
 なのに、小宮はあたしとのエッチ、楽しみに思ってくれてないんだ。
 
 涙が零れそうになった。
 
 
「ごめん! 僕から言い出したことなのに、比奈さんを傷つけちゃって……。本当にごめん!」
 小宮はベンチから降りて地面に正座した。
 手をついて平謝りしてくれる。でもそんなに謝ってもらってもちっとも気持ちは晴れないよ。
 あたしとのエッチがイヤだって肯定されてるようで、むしろ胸が痛い。見ていられなくて小宮から目を逸らした。
 謝罪を聞く気にもなれなくて、もう走って帰ろうかと思った時。小宮の言葉が耳の奥に届いた。
 
「最初からちゃんと言えば良かったね。ごめん……。実は僕……女の子が苦手なんだ」
 
 ん?
 
「女の子が苦手?」
 なにそれ?
 あたしは涙を止めて小宮を見た。
「その……目が合ったり、手が触れたりすると、体がカチコチになって……緊張しちゃって、どうにもならなくなるんだ……」
 ええっ!?
 言われて、これまで触れ合った時の小宮の様子を思い返す。
 確かに異常なほどの過剰反応だった。
 テレ屋さん、なんてモンじゃない。
 
「女性恐怖症ってこと?」
 あたしは小宮の姿を見下ろしながら訊いた。
「ううん、そこまでじゃない……と思う。とにかく恥ずかしくて……。自分でも意識しすぎだとは思ってるんだけど、どうしても……体がいうことをきかなくなるんだ」
 正座でシュンとうなだれたまま告白する小宮。その言葉のひとつひとつが頭の中に染みこんでは響いた。
「だから土曜日はもう限界超えて、頭真っ白になっちゃって…………情けないよね」
 
 女の子が苦手……。限界を超えた……。
 そ、そうなんだ? えーと、それじゃあ……。
 
「あたしとのエッチがイヤだったんじゃなくて?」
「まさかそんなっ。比奈さんとだから土曜日はあそこまで……」
 言いながら小宮はモゴモゴと恥ずかしそうに目を伏せた。また頬が薄っすら赤い。 
 あたしはいつのまにか身を乗り出してた。
 今の言葉が何度もリフレインして、自然と腰が浮いていた。
 
 比奈さんとだから……。比奈さんとだから……。比奈さんとだから……。
 
 え、ええと、それってつまり、女の子は苦手だけど、あたし相手なら頑張れる……ってことだよね?
 
 手を繋いだり、ホテルに行ったりできる……ってことだよね?
 
 あたしがイイってことだよね!?
 
 続きができるってコトだよね!
 
「あたしとエッチしたい?」
「そ、それはできたら……したいところだけど、僕にはやっぱり無理そうだし……」
「なんでっ! 小宮だってやればきでるよっ! こないだはいきなりハードル高すぎたんだよね、うん!」
 あたしはすっくと立ち上がって言った。
 メソメソした気持ちは既に吹き飛んでた。
 
「小宮、そのままじゃ脱・チェリーどころか、一生彼女もできないよ! あたしがなんとかしたげる!」
「え?」
 キョトン、とあたしを見上げる小宮。あたしは小宮の手を取って立ち上がらせた。
 
「小宮がちゃんとエッチできるように手伝ったげる! だ〜いじょうぶ! 要は慣れだよ、慣れ。女の子にゆっくり慣れてけばいいんだよ!」
 にこっと勇気付けるように笑うと、じっとあたしを見つめる小宮。それからまた優しく目を細めた。
 
 時たま小宮はこういう顔をする。
 優しく見守るような、温かい目。
 心の奥が微かに疼いた。
 
 お父さんって、こんな感じなのかな――
 
「比奈さん、ありがとう」
「ううん、あたしも小宮といるの楽しいし、ちゃんとエッチもしたいから。一緒に頑張ってこうね!」
 
 うんうん。そうだよね!
 一度約束したことだし。小宮の脱・チェリーを手伝う義務が、あたしにはあるハズだもんね!
 
「……できるようになるまで……か」
 
「ん?」
「ううん、なんでもない。ホントにありがとう比奈さん。嬉しいよ」
 手を握り合ってすっかり仲直りムードのあたし達。やっぱ人付き合いは楽しくなきゃね♪
 その時、可愛くはにかむ小宮の顔が、結構近いことに気付いた。
 しかも今、見つめあってる、あたし達。
 これは……もしかして、いいムード? 絶好のチャンスなんじゃない?
 
 背伸びして、唇をあげてみた。
 
 こういうムードに乗じると自然にキスとかできるんだよね。
 
「えっ。比奈さん……?」
 
 戸惑う小宮の声。手をクイッと引っ張ってみた。
 そのまましばらく待つ。リラックスできるよう、目で微笑みながら小宮を見上げた。
 
「えと、僕、どうしたら……」
「キス、してみようよ」
「ええっ! あ……う……」 
 またオロオロしだす小宮。いきなりキスは厳しいかもしんないけど、チャンスがあればできるだけチャレンジしとかないとね。
 
「こ、こんなところで、なんて……」
「周りに誰もいないじゃん」
 ちゃんとそれは確認済み。
 この公園、学校と商店街の間の大通りを、少しはずれた所にある。夕食時は遊ぶ子供もいないのだ。
 
「無理だよ……。手を繋ぐのもやっとなのに」
 気恥ずかしさが戻ってきたのか、小宮はあたしから目を逸らして言った。繋いだ手から微かな震えが伝わってくる。
 あたしはもっと小宮を奮い立たせるべく、強く言った。
「これは小宮のやる気テストだよ? あたしからしてもいいんだけど、『これから頑張ります!』って意志を見せて欲しいんだよね」 
「う……テスト……なの?」
「うん。あたしのコトがイヤじゃないっていう証明。逃げたりしたら、拗ねちゃうよ?」
 まだちょっとネに持ってたりして。ホテルでのコト。
 痛いトコロを突かれた小宮はぐっと唇を引き結んだ。
 それから、長い、ながぁ〜い間の後に。
 
 
「……分かりました……」
 
 よぉーし、それでこそ男のコだ!
 
 さぁ、いっちょこーい!!
 
 すっと目を閉じて待つ。
 
「い……いきます……」
 なんで敬語なのか突っ込みたいトコロだけど、ムード維持のため黙殺。 
 頑張れ小宮! 男を見せろっ!
 
 少しだけ、小宮の気配が近付いてきた。
 でもほんの少しで止まる。躊躇いの大きさがよく分かる。
 近付こうとして、また離れて。なかなか距離は縮まらない。
  
 頑張れ小宮……。 
 
 励ましをこめて、ぎゅっと手を握ってあげた。
 逃げ出しそうに震える手。
 
 逃げないで小宮……。
 
 心の中で祈る。
 
 次の瞬間。
 
 ぎゅっ
 
 握り返してきた!
 
 どくん
 
 こ、今度こそやる気を見せてくれるんだね小宮。
 男を見せてくれるんだね!
 
 期待に高まるあたしの胸も大きく脈打ちだした。
 じっとしてるのが段々つらくなってくる。
 は、早くして小宮。 
 
 どくん、どくん
 
 体も頬もどんどん熱くなってきて。
 ただのキスなのに。緊張しまくってるよあたし。
 焦らされて。もどかしくて。頭の中がぐるぐるしだす。
 ううーっ。なにしてんのもうっ。
 
 早くして小宮ーっ! 
 
 叫び出したい衝動を抑えつつ、ひたすら待った。
 
 ひたすら。
 
 ひたすら。
 
 ひたすら……。
 
 ………………。
 
 はぁ……。やっぱダメかな?
 
 諦めて肩を落とす。
 半分予想通りだけど。
 いくら待っても柔らかい感触は落ちてこなかったのだ。
 
 薄っすら目を開けてみると、あたしの目の前でカキーンと固まってる小宮がいた。
 
「……………………」
 
 顔は真っ赤から真っ白に変貌し、ピクリとも動かない。 
 つん、と指先で突付いてみたらば、グラッと体が傾いて。
 そのまま後ろにバターン。
 
 
 …………。
 
   
 なるほど。そうきたか。
 
 
 カラスの鳴き声が、白けた空気をカァーと突き抜ける。 
 
 
 
 その日、再び小宮が目を覚ますまで、一時間待ちぼうけを食らわされたのだった。
 
 
		
HOME  TOP  BACK  NEXT
inserted by FC2 system