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26.”初めて”はあたしのもの!


 

 小宮が店を手伝ってくれた夜から更に一晩明けて。
 日曜日の朝。小宮とのデートに足を弾ませるあたし。
 いつもの場所に立ってた小宮はあたしを見るなり頬を赤らめた。
 
 ふふふ。反応は上々。
 今日のあたしは一味違う。
 いつもはちょっと挑発的なミニやショートパンツで小宮に誘いをかけてたんだけど。
 小宮はちっとも誘いに乗ってこないし、それどころか警戒してあたしの足元を見なくなってしまった。
 あたしが隙あらば色香で惑わせようとしてるのを本能的に察知したらしい。ちっ。防衛本能の強いヤツ。
 ところが。ところがだ。
 今日のあたしは清楚なお嬢様風のワンピース。
 男心をぐぐっとくすぐるってどっかの雑誌に載ってたやつ。
 頭は後ろでサイドを緩く結んで、くるくる巻き毛を前に垂らすこれまたお嬢様風。首筋を全部隠さないのがポイント。
 そして爽やか系の香水を、きつすぎないようスカートの裾にシュッとひと吹き。
 
 完璧。
 
 今日は完璧に男ウケNo.1スタイル!
 
「なんだか今日はいつもと違うね」
 手も握ってないのにドギマギしてる小宮があたしをチラチラ見つつ言った。あたしのリクエストにより、今日はコンタクト。
「ちょっと気分を変えてみたんだ。似合うかな?」
 小首を傾げながら上目遣いに訊いてみると、ますます小宮の頬は赤らんだ。
 凄い。男ウケって本当にウケるんだ。
 
「じゃ、いこっか」
 歩き出す小宮の後を楚々とついていく。これまた戸惑う小宮。
 いつもは即行手を繋ぎにくるあたしが何もせず、一歩退いた位置で留まってるのが不思議な様子。
 数歩進んだところであたしを振り返り、
「比奈さん、離れちゃうよ」
 と、自らあたしの手を掴んで引いてくれた。
 
 こ、小宮が自分から手を……っ!
 
 感激のあまり滂沱しそう。
 
『守ってあげたい女のコの仕草50選』を読んで本当に良かった……!
 
 
 
 さて。なんで今日はこんなに気合入れてキャラチェンジしたかというと。
 
 もちろん、小宮のお初をいただくためだ。
 
 フェロモンぷんぷん、色香ムンムンじゃあ逆に男は引いてしまうものらしい。
 ただでさえ女の子が苦手な小宮。そんな攻撃的な迫り方では逃げる一方だと悟ったのだ、あたしは。
 小宮みたいな男子はむしろ清純でほっとけないカンジの女の子で惹きつけ、保護欲をくすぐる。
 小宮にも一応あるだろう保護欲により、警戒心は解ける。
 そして警戒心が解けたところを一気に……!
 
「あっ! 比奈さん、危ないっ!」
 
 ゲインッ
 
 イ、イタタタ……。
 街灯にモロぶつかっちゃった。
 
「大丈夫?」
 心配そうにあたしを覗き込む小宮。半分涙目で笑顔を作り、その顔を見上げる。
 ちょっとはにかみ気味に、
「えへっ。ボーッとしちゃった」
 と言うと、また小宮の顔は赤くなり、あたしの手をぎゅっと握り締めた。
「危ないから、ちゃんと僕の傍についてて」
 
 小宮ぁぁぁぁぁっっ!!
 
 そんな頼もしいセリフが小宮の口から聞けるなんて……っ!
 本に書いてある通りすぎて一抹の虚しさを感じなくもないけど大いなる進展だよ小宮っ!
 抱きつきたい衝動を抑えてコクンと頷くあたし。
 その後もあの手この手で小宮を惑わし、しばらく小宮のナイトぶりを堪能したのだった。
 
 
 そして夕方。
 
 待ちに待った大人の時間。早速あたしは作戦を開始する。
 最近、小宮はうちのマンションの前まで送ってくれるようになった。
 でも部屋にまで送ってくれないのは以前あたしに襲われたから同じことが起こるのを警戒してのこと。
「ちょっとお茶してく?」なんて手は小宮には通用しない。だからこそのこの清純スタイルなワケだ。
 
「マンションの前まで送るよ」
 
 いつものセリフを言って送ってくれる小宮。何食わぬ顔でついていくあたし。
 うちの近くの商店街のアーケードを通り抜け、小さな本屋さんの前を過ぎ。
 馴染みの美味しいパン屋さんの前を通る時、事件は起こった。
 
 バシャッ!
 
 いきなり横から浴びせられるバケツの水。
 小宮はビックリして固まった。
 
「あらぁ〜〜。ごめんなさいねぇ。ちょうど水撒きしてたのよぉ〜〜」
 
 付き合いの長いパン屋のおばちゃんが、バケツを手にすまなさそうに謝った。
「あ、いえ、気にしないでください」
 人の好い小宮は笑顔で許す。何度も頭を下げるおばちゃんに「いいんですよ」と逆に恐縮しながら歩を進める。
 その後ろをついていくあたしは通り過ぎ際、おばちゃんにグッジョブのサインを送った。
 
『いいのよ、比奈ちゃん。比奈ちゃんにはいつもパンを買ってもらってるからね』
 
 そう、目で語るおばちゃんの親指サインは『グッドラック!』を示していた。
 
 ありがとうおばちゃん。明日は特製メロンパン、10個買わせてもらうからね!
  
 意気揚々と小宮の後を追いかけ、マンションの前に辿り着く。
「じゃあ比奈さん、ここで――」
 振り返って微笑む小宮の両手をぎゅっと掴んで真正面から顔を見上げた。
「小宮、うちでちょっと服を乾かしてから帰ったら? そのままじゃ風邪ひいちゃうよ?」
 心配そうな顔を作って言う。
「このくらい平気だよ。多少雑巾臭いけど……お掃除に使った水だったのかなぁ」
 案の定遠慮する小宮。濡れたシャツの袖をクンクン嗅いで苦笑する。
「そんなんで電車に乗ったら他の人にも迷惑だよ。着替え貸してあげる」
「えっ……。比奈さんち、男物の服あるの?」
「うん、制服の予備とかね。ブラウスくらいならあるよ」
 安心させるよう柔らかく微笑むと、すっかり警戒心の解けてた小宮はちょっと考える仕草をしてから、
「じゃあ、貸してもらおうかな」
 と承諾してくれたのだ!
 
 お一人様ごあんな〜〜〜〜い!!
  
 舞い上がる足元のステップを抑えつつ、小宮を部屋に案内する。
 顔はあくまで清楚に、間違ってもほくそ笑んだりしないように、がっちりコントロール。主演女優賞ものだよコレ。
 小宮が部屋に上がるのを見届けながら、後ろ手にドアの鍵を閉めた。こっそりチェーンロックなんかしちゃったりして。
 そこまでしなくても、今日はママは帰って来ないハズだから大丈夫なんだけどね。新しく雇う人の面接やらで店に入り浸りなんだ。
 
「じゃあ、服探してくるから、小宮はシャワーでも浴びてて?」
 何気ない風を装うのって結構難しい。
 笑顔になりすぎないよう注意しながら言ってみたけど、小宮は少し困った顔をした。
「そこまではいいよ。服を着替えるだけで……」
「だって雑巾臭いよ、小宮。シャワー浴びてサッパリした方がいいんじゃない?」
「うっ…………そんなに臭う?」
「臭う臭う。シャンプーとか適当に使っていいから」
 バスタオルを渡しながら言う。
 最初は遠慮してた小宮だけど、臭いが気になりだしたらしく、とうとう最後には、
「じゃあ、ちょっとシャワー借りるね」 
 と浴室に向かっていった。
 
 うふふふ。作戦は順調。順調すぎて怖いくらい。
  
 脱衣場のドアから聞こえるシャワーの音。
 小宮が体を洗ってる。
 このドアと、浴室のドアの向こうには今、無防備な裸の小宮がいるのだ。
 あたしもそこに入って行きたいけど、浴室に立て篭もられると厄介なのでじっとガマンガマン。
 
 やがて、浴室のドアを開く音が聞こえた。
 続いてタオルのわしゃわしゃという音も。
 
 落ち着いて比奈。大丈夫。これなら絶対小宮も逃げ出さない。
 
 大体、女の子にここまでさせる小宮が悪いんだからね!
 一度言ったことを覆そうだなんて男らしくないよ、うん。
 あたしが今まで色々やったげたからガチガチ症克服できたのに、それを忘れてあたしから離れようだなんて酷いと思うんだよね。最後まできちんとやり通してくれないと。
 
 も、もちろん。約束は初体験までだけど、その後もエッチしたいって思ってくれればいくらでも付き合ってあげちゃうよ? 
 小宮は特別大事な友達だから、遊ぶ約束は最優先だよもちろん。
 だから万が一、カ、カノジョができても、小宮が一緒に遊びたいって言ってくれれば……。
 
 
 ………………。
 
 
 言うわけないか。生真面目な小宮に、それはないよね……。
 
 カノジョができたらカノジョが一番だよね。あたしのことなんて……。
 
 一度エッチしただけの、女友達になっちゃうんだ。
 
 ……いいもん。それでもいい。 
 一回エッチしたらもう電話もくれない。そういうヒト今までいっぱいいた。
 もう慣れてる。
 いいんだ。一晩だけでもあったかい夜を過ごせたから。
 カラダだけでも気にしない。だから小宮。
 
 せめて「初めて」だけは――
 
 
 って、ダメダメ! 後ろ向きな思考しないしない!
 いいじゃん、思い出に一発! やっとけやっとけ!  
 うじうじ悩まずに、あたしらしく!
 
 
 やるぞー比奈! ふぁいとー比奈!
 
 
 いきます! やります! 頑張っちゃいます!
 
 
 
 小宮の初めて、いっただっきまぁ〜〜〜〜っす!!
 
 
 
 バタンッ
 
 
 
		
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