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8.純情少年教育中


 

「ん〜……。どうしようかなぁ〜……」
 
 金曜の夕方。
 自分の部屋のベッドの上でごろごろしながら、あたしは明日のデートの計画を練っていた。
 考えながらシャーペンを指で回す。
 くるっとキレイに一回転。あたしコレ結構得意。
 続けて何度もくるっ、くるっ。段々楽しくなってきた。よし、今度は連続技で……。
 
「比奈ー」
 
「あひゃっ!」
 
 手元が狂って飛んだシャーペンが宙を一回転し、顔にべしっと当たった。
 うわ。めっちゃマヌケ。
 
「なにやってるの……」
 突然の訪問客はママだった。今日もビシッとメイクが決まってる、美人で自慢のママ。
 慌てて身を起こし、ごまかし笑いを浮かべた。
「えへ。ちょっと指先の訓練」
「……まぁ、見なかったことにしといてあげるわ」
 呆れた風に言われてアイタタタ。
 
「それより、お願いがあるんだけど……」
 これから仕事なのか、上品なパンツスーツに身を固めたママは改まった口調で言った。
「ん? なに?」
 言おうとしてたスーツへの褒め言葉を中断し、訊き返す。
「実はね、店のキッチンスタッフが一人、急に辞めることになったの。アルバイトを急募はしてるんだけど、決まるまで店を閉めるわけにもいかないから、比奈に手伝って欲しいのよ」
「えっ。ホント!? うん、もちろん手伝うよ!」
 ママがあたしに店の手伝いを頼むなんて余程のことだ。これまでも何回か手伝ったことはあるけど、学業に響くからって、基本的にはあまり手伝わせてくれないんだ。
「悪いわね、比奈。今、丁度店の人出が足らなくてね……」
「気にしないで。ちゃんと学校にも行くから」
「よろしく頼むわね」
 コクンと頷くとママはすまなさそうな顔のまま部屋を出て行った。
 あたしは殴り書きだらけのノートとシャーペンを再び手に取り、ベッドを降りた。
 
 うーん……。しばらく放課後は時間なさそうだなー……。ママが経営する店は夜が本番だから。
 夜遊びもお預け。イツキ達と遊べないのは淋しいけど、バイトが決まるまでだからそんなに長い期間じゃないよね。
 まぁとりあえず明日はめいっぱい遊ぼ、とシャーペンをノートに走らせる。
 
 タイトルは……『小宮 童貞卒業計画』……。うーん……ちょっとストレートすぎて堅い? も少し可愛いカンジに捻って『小宮 脱・チェリー大作戦☆』とか……。寒いけど。
 
 ま、なんでもいいや。大事なのは中身だ中身。
 ともかく明日からガンガン教育していくぞ〜〜!
 
 
 
 
「で、やっぱ脱・チェリーを成功させるには、まず小宮がどこまでできるのか、を知らなきゃいけないかなーと思ったワケよ」
 
 土曜日。
 広場で遊ぶ家族連れの姿がまばらにある、割と広い公園の中。大きな樹木の並ぶ憩いの場で、木のテーブルにつき、正面に向かい合う小宮に言い切った。
 
「どこまでって……何が?」
 キョトンとした顔で訊き返す小宮。あたしはバッグからサクランボ柄の一冊のノートを取り出し、テーブルの上に広げてみせた。
「可愛いノートだね。なにが書いてあるの?」
「んとね、これから小宮を指導していく指針となる能力チェックリスト」
 言いながら箇条書きに並べられた項目を指でトントンと叩いて示す。つられて小宮もノートを覗き込んだ。
「……『小宮改造計画 〜男への道のり〜』……。なんかちょっと嫌なタイトルなんだけど……」
 微妙に顔をしかめる小宮。確かに。
 なんでだか気付いたらこんなタイトルになっちゃってた。
 まぁそこは軽くスルーしといてちょうだい。
「……うわっ! なにこのレベル設定!?」
「面白いでしょ? レベル1が『触ることもできない』で、5段階評価になってるの。レベル5で項目クリアだよ♪」
 
 昨日、頑張って作ったチェックリスト。
 小宮の能力表みたいなものかな?
 例えばリストの先頭には『手をつなぐ:レベル2』とかって書かれてる。
 小宮は手を繋ごうとすると緊張してガチガチに固まるからまだレベル2。自分から繋げれるようになったらレベル4、指の間を絡ませられるようになったらレベル5でクリアってワケ。
 
「エッチできるようになるには、せめてこの半分くらいはクリアして欲しいんだよね〜」
「こ、こんなの、無理っ! どう考えても無理だよ比奈さんっ!」
「大丈夫! ゆっくりこなしていけばいいんだから。少しずつステップアップしてこ?」
 にこっと笑って言うと、不安そうな小宮の顔の強張りが少し解けた。
 うんうん。素直でいいぞ。
 
「じゃ、今日はこのリストの頭から、小宮の現在のレベルを確認してこーね」
 にっこり笑顔を深めて立ち上がる。
 
「え?」
 
 瞬間、ピキーンと頬を引き攣らせる小宮。
 あたしは素早く行動を開始した。
 向かい合わせに座る小宮の元へとテーブルを回って行き、ベンチ椅子の端に腰掛ける。無意識の内にか、引け腰になった小宮がすすっと奥にずれた。
 
「こらこら。そんなしょっぱなから逃げ腰でどうすんの? ホラ、まずは『手を繋ぐ』から確認ね?」
 小宮が手を引っ込める前に、百人一首大会の優勝者の如くの鋭さで、その手を掴みにいった。
 ビクッと小宮の肩が跳ね上がる。
 
「ひ、比奈さんっ。ま、周りに……人が……」
 ホント、瞬間湯沸かし器みたい。もう真っ赤だ、小宮の顔。
「そりゃ公園だからいるよ〜。気にしない気にしない」
 温かい手をにぎにぎしながら言う。指先までガチガチに緊張してるのが分かる。
「自分から握れる?」
「……そんなの……」
 声まで弱々しくなってく小宮。
 うーん。いかにも無理っぽい。
「やっぱ『手を繋ぐ』はレベル2ってところだね〜。まぁ手を引っ込めなくなっただけマシかな」
 こないだはちゃんと握り合えたんだけど。他のことに気を取られてれば大丈夫ってコトなのかな?
 
「じゃあ次は『見つめあう』いこっか」
「う……まさかこれ、全部試していくの……?」
「もっちろん!」
「後半……キス、とかって、あるんだけど……」
 恥ずかしそうにノートに目をやりながら言う小宮。
「それはこないだ気絶されたから、もういいよ。できそうなヤツだけ、ね?」
 安心させるように優しく返す。小宮は「良かった……」と肩を落とした。
「じゃ、こっちを向いて」
「いっ!?」
 再び凍りつく小宮の横顔。さっきから百面相みたいで面白ーい。
 
「ほらほら。『見つめあう』だよ! あたしの目をちゃんと見て!」
「そ、それもこないだやったから、もういいでしょ?」
「ダメ! ちゃんとしたデートでできるようにならないと! ムードを盛り上げるには必要な項目なの! 目標は正面から見つめあって1分だよ!」
 言って、あたしから逸らされた顔をがっしと両手に挟んだ。
 ホントは小宮が自分から顔を向けて欲しいんだけど、このままじゃ埒があかないし、あたしも気が長い方じゃないんだよね。
 無理矢理あたしの方を向かせて顔を覗きこんだ。
 
「――っ!」
 
 息を呑んでる様子が伝わってくる。
 前髪長すぎ、小宮。目が半分隠れてる。
 全体的に毛先も不揃いだし、一体どんだけ髪切ってないのやら。
 一個一個のパーツは悪くないんだから、もっとちゃんとすればいいのに。
 
 色々な感想が頭を流れる間、不安定に揺れる小宮の瞳をじーっと観察。ちっともあたしに定まってくれない。
 少しは落ち着け青少年。
 あ、一人の場合は少年だけでいいんだっけ?
 
「はぁ〜……改まってやると全然ダメだね小宮……」
 あたしは諦めて小宮の顔から手を放した。
「ごめん……」
「別に謝らなくてもいいんだけどね……『見つめあう』はレベル1、っと」
 ノートを手繰り寄せてメモを書き込む。
 ふぅ……道のりは思ったより遠そう。
「それじゃ、次の項目、『肩を寄せ合う』、いこっか」
「まだやるの? もう、全部レベル1でいいから終わりにしようよ……」
「ダーメ。さ、やってみるよ?」
 嫌がる小宮の意見は却下して、すすっと横にずれ、距離を詰めた。
「〜〜〜〜っ」
 途端、緊張でまた息を詰める小宮。真っ赤な顔で俯いて硬直。
 なんて分かりやすい反応なんだか。
 
 肩に肩をトンッ、とぶつけた。
 予想通りビクンッと跳ね上がる肩。
 
 ……面白い。
 
 トンッ
 
 ビクッ
 
 トンッ
 
 ビクッ
 
 あたし、なんかウキウキしてきてる?
 
「ちょっと肩が触れてるだけっしょ? こんなの大したことないってー」
「う……うん……」
 ぐっと引き結んだ唇を動かして、辛うじて、ってなカンジの返事をする。額には汗の玉まで浮かんで、いかにも耐えてますってカンジの小宮。
「肩が触れるのって、ドキドキするだけじゃなくて、安心もするんだよね。もたれかかるとね、あぁ〜支えてもらってるなぁ〜……って」
「そ・そそそ・そう・なんだ」
 あまりのガチガチぶりにぎょっとして顔を上げる。
 うわ、汗びっしょりだよ。体もガクガク震えてきてる。
 一応返事はできてるけど、あんまり頭に入ってなさそうだなこりゃ。
 まだ1分も経ってないのに。このままいくと気絶しちゃうかもしんない。
 
 しょうがない。離れてあげるかな。
 
 でも最後に、と、頭をもたせかけてみた。
 予想以上に熱くなってる体を頬に感じる。
 
 うん、ちょっとドキドキ。安心する……。
 
 なんてウットリしたのも束の間。
 
「うわぁぁぁっ!」
 
 限界を超えて逃げ出す小宮。物凄いスピードでシャカシャカと体を横にずらし。
 
 
 ずべしゃっ
 
 
 椅子から転げ落ちて地面に激突。
 ついでに一時間気絶した。
 
 
		
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