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29.その気持ちの名は


 

「はぁ? 小宮にコクられた?」
 
 昼休みの教室。オウム返しする麻美の言葉に、昨日散々悶えまくったにも関わらず再び悶えたくなった。齧りついたサンドイッチの味が全然分からない。
 
「って、今更? まだコクってなかったの小宮? あたしはてっきりもう付き合ってるものかと思ってたよ」
「ええっ!? 今更って……知ってたの麻美!?」
「あったりまえでしょ。小宮の態度、ミエミエじゃん」
 そ、そうだったのか。全然分からなかったあたしって、もしかしてニブチン?
「で、どんなシチュエーションだったワケ?」
 机の向こうから身を乗り出して訊いてくる麻美に、あたしは昨日の出来事、これまでのイキサツを恥ずかしながらに説明した。
 
 あの電撃告白の後、しばらくあたしは呆然としてた。着替える気力もなくて、あの恰好のままベッドにばたんきゅう。
 翌朝帰ってきたママにびっくり仰天された。
 何があったか訊かれ、この恰好で小宮に迫ったこと、告白されたことを言うと、何故かママは大喜びして「今度うちでパーティして小宮君を呼びましょ」とかはしゃぎまくってた。ママって随分小宮のこと気に入ってるんだ。
 それからママはあたしの頭を撫でて、
「比奈にとって大切なこと、きっと小宮君が教えてくれるわ」
 なんてよく分かんないことを言った。
 小宮があたしに何を教えてくれるっていうんだろう?
 小宮は小宮で、あれから電話もくれないし、今日だって学校を休んでる。
 恥ずかしさのあまりあたしと顔を合わせ辛いのか、はたまた、またもや高熱出して寝込んでるのか。
 なんとなく後者な気がする。
 
 
「ふーん。あの小宮がそこまでするなんて、相当勇気出したんだねー」
 パンを食べ終わった麻美はジュースにストローを挿しながら言った。
「どうしよう麻美。これからどんな顔して小宮と会えばいいのかなぁ?」
 あたしもジュースパックにストローを突き刺す。でもうまく挿し込めなくて何度もプスプス突っついた。
「穴に当たってないよソレ。ま、いっけどさ。小宮は付き合ってくれとか何にも言わなかったんでしょ? じゃあ今まで通りでいいんじゃん?」
「そ、そうだよね……。告白も忘れていいからって言ってたし……」
 友達関係を望んでる、ってことなんだよね?
 でも……。
 パッと俯いてた顔を上げて胸のわだかまりをぶちまける。
 
「でもさでもさ! あたしだって、今まで通りデートとか、気軽にしたいよ? 小宮とはずっと友達でいたいよ? でも本当に今まで通りかっていうと、もう小宮の修行する必要もなくなったわけだし、エッチもしないんじゃ、あたし、どうやって小宮を誘えばいいわけ? 全然今まで通りじゃないじゃん!」
 
 言いながらブスッと突き落としたストローがようやく穴に入ってくれた。ズーッとジュースを吸い上げる。
 
「うーん、それは確かに。でも友達として映画に誘うくらいはできるんじゃん?」
「そんなのつまんない。あたしはエッチがしたいんだもん!」
「あんたは体から入りすぎ。だから今まで好きな人できなかったんしょ?」
「そんなコトないよ。好きだから一緒に寝たいんじゃん。エッチは基本でしょ?」
「バカ」
 ポカッと叩かれる。イタッ。なにすんの麻美。
 
「あんたは体に心がついてってないんだよ。好きって気持ちはそんなに軽いもんじゃないよ。ずっと一緒の夜を過ごしたいって思える相手は今までいた?」
 
 え? どうゆうことだろ?
 痛む頭をすりすりしながらちょっと思い出してみる。うーん……。
 
「……いなかった……かも」
 
 よく考えなくても、あたしは誰か一人に執着するってことはない。
 だって毎晩添い寝に付き合わせるのも悪いと思ったし、その人が忙しい時はやっぱ他の人と過ごすしかないわけで。
 暖めてくれるなら誰でもいいのがあたしなのだ。
 
「つまり、あんたはまだ誰かを好きになったことはない。おーけー?」 
「でも一応いいと思った人としかエッチしないけど……」 
「そんなん『好き』とは違うの! ……ああ、訂正。もう過去形だったね。で、小宮とは体だけの付き合いでいいわけ?」
「置いてかないでよ麻美。話についてけない。……小宮とのスキンシップが気持ちいいんだもん。体の付き合いしたいに決まってんじゃん」
 
「恋人になるって選択肢はないの?」 
 
 それは……考えなくもなかったけど……。
 
「でも抱けないって言われたんだよ? 好きなのに抱けないっておかしくない? それってお付き合いする気はないってコトだよね? 小宮の『好き』は友達としての『好き』止まりなんじゃないかなぁ」
 
 そうだよ。きっと小宮は何か勘違いしてる。
 好きならなんで今まであたしに触れようとしなかったの?
 もやもやしたものが心の奥から湧いてくる。だけど麻美の盛大なため息がもやもやを蹴散らした。
 
「はぁ〜……。あんたも大概アホだよねぇ……」
 
 アホぉぉっ!? なんかめっさ呆れられてる!?
 
「小宮はあんたのコトよく知ってるんだよ。それで敢えて友達のままでいようとしてんの。友達として、あんたが淋しい時は傍にいようとしてんの」
 
 え……。
 
「あたしの傍に……?」
「そう。あんたが誰と寝ようとあんたの傍にいようとしてんの。好きなコを抱きたくないわけないじゃん。抱きたいけど我慢してるんだよ、小宮は」
「なんで……我慢すんの?」
「抱いちゃったら他の男と同じになるからに決まってんじゃん。体目当てになりたくないんだよ、小宮は。あんたを大切にしてんの」
 
 とくん、と胸の奥で何かが揺れた。
 
「そ、そうなの、かな?」
 
 なんだろう。ウズウズする。頬がにやけてきちゃう。
 麻美は横向きに座った前のイスから呆れ気味の横目であたしを見た。
 
「まったく……手間のかかるカップルだよあんた達。なんで二人してニブチンなの。どっからどう見ても両想いじゃん」
 
 両想い、って。
 
「あ、あたしは小宮のことなんか……そりゃ好きだけど、そんなんじゃないよ。好きな人なんて他にも沢山いるし」
「バーカ、なんで分かんないの? あんた今、夜遊びしたいと思う? 他の男と寝たいと思う?」
 え? そういえば……。
「思わない……ってゆーか最近店の手伝いで夜は忙しかったから……」
「違うでしょ。小宮がいるからする必要なくなったんでしょ? 恋は女を変える。そーゆーコトだよ」
 へー、そうなんだー……って。
 
 なに? 今なんて言った麻美? 
 来い? 故意? 鯉?
 コイって……もしかして恋? え? あたしが? まさか。こここここ。
 
「恋〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
 
 
 思わず大音声で叫んでしまった。
 
 
「コイってあの恋!? あたしが!? 誰に!?」
「小宮に」
「まさかっ! あんなウブウブ君にっ!?」
「そう。あんなウブウブ君に」
「あり得ないっ!」
「そうかな? 恋したっておかしくないじゃん。小宮って最近女子に人気あるよ? 隣のクラスでも小宮のコト好きなコいるって噂だし」
「えっ!? なにそれ初耳っ! 誰そのコ!」
「ぷぷっ。さぁ誰だろうねぇ〜〜?」
 妙ちきりんなニヤニヤ笑いであたしを見る麻美。ちょっ。なんかムカつくっ。
 
 そりゃあたし小宮は好きだけど、恋とかってそういうレベルじゃないと思うし。ヤキモチだってお気に入りの人を取られると悔しいとか普通にある感情だと思うし。
 
「恋ってもっとこう純粋な気持ちでするもんっしょ? 目もキラキラ〜ってなって」
「あんたの小宮を見る目、キラキラしてるよ。恋する乙女そのもの」
「えぇぇっ!? マジ!? キラキラしてる、あたし!?」
 
 そ、それは恥ずかしすぎるっ!
 
「ウ、ウソだぁ〜っ。もう、麻美ってばからかってるんでしょ〜?」
 
 あり得ないあり得ない。へらへら笑いながら否定してみる。
 だけどその時、
 
「そっかー。浜路さんってやっぱ小宮君のこと好きだったんだね〜」
 
 突然、横から恥ずかしい突っ込みをされた。
 気付けば周囲に女子の人だかりができている。
「わっ! な、なに言ってんのいきなりっ! まだそうと決まったわけじゃ」
「わかるわかる〜。小宮君も浜路さんのこと好きってバレバレだよね?」
「てゆーかもう二人は付き合ってるんだと思ってたよ〜」
 麻美と同じようなニマニマ笑いを浮かべた女子達があたしを囲みながら盛りあがり始める。
 ちょいちょい。いつから話を聞いてたのみんな。
 
「小宮君、カッコ良くなったもんね〜。あれってやっぱ浜路さんのために変身したんでしょ?」
「すっごい純愛〜〜〜〜っ。あ、安心して浜路さん! このクラスでは二人の仲は公認だから。小宮君に手を出そうってコはいないからね!」
「こ、公認っ!? 純愛!? あ、あたしと小宮が、そそ、そんな、あたし達、そんなんじゃ」
「やだ浜路さん真っ赤〜〜っ! 超可愛い〜〜っ!!」
 どっと沸き立つ周囲。確かにあたしの顔はカッカと熱くなってた。
 
 皆がそんなにからかうからだよ〜〜っ。
 なんであたしネタにされてんのっ!?
 
「最近、ホントに可愛いよね浜路さん。前はちょっと話しかけ辛い雰囲気あったんだけど」
 まだおさまりきらない黄色いざわざわの中、女子の一人が震える肩を抑えながら言った。
「え? 話しかけ辛かった? あたしが?」
「うん、なんかあたし達と違う感じがするっていうか……。次元の違う人だな〜って思ってた」
 次元って……そんな大袈裟な。あたしは普通のつもりだけど。
「でも小宮君と仲良くなってから変わったんだよね。すんごく親しみやすくなったってゆうか」
「恋する女の子ってカンジになったよね〜〜っ」
「こっ。恋っ。そ、そうなのかな?」
「うん。小宮君といる時の比奈さん、すっごく嬉しそうだもん。小宮君もまたすんごいデレデレなんだよねこれが。もぉ〜アツくてアツくて」
 デレデレ? 小宮が?
 ボボッと更に顔が熱くなった。も、もしかして頭から湯気出てない?
「で、でも小宮。あたしにキスもまともにしてくれないよ? エッチだって迫ったら逃げるし……なんか怯えてるし……」
 指をいじいじさせながら言うと、
 
「あ……それ、わかるな、あたし」
 
 人垣の中に埋もれてた小さな女子が、鈴の音の様な可愛い声で言った。
 あ、このコ……上田理香子ちゃん。
 4月の終わり頃に、あたしにエッチの相談しにきた……。
 
「エッチ……するのって、ちょっと怖いもん……」
 上田さんはもじもじ恥ずかしそうに俯き加減に言った。
 そういえばあの時も、そんなコト言ってたなぁ、と思い返す。
「エッチが怖い、ねぇ……」
 あたしの机に頬杖ついてた麻美が横目に上田さんを見る。
「よ、よく分かんないけど。ホラ、エッチって、最後に行き着くところでしょ? これをしちゃったら、もう後がないっていうか……。心が離れちゃったりしないかな、って」
 
 心が……離れる? エッチをすると?
 
「エッチなんてしなくても、一緒にいるだけで幸せなのに。どうしてしなきゃいけないのか分かんない。エッチしちゃったら、何かが変わりそうで…………怖いよ」
 ちょっと目を潤ませながら上田さんは語った。
 エッチが怖いなんて……でも、昨日、小宮と抱き合ってた時、何故か少し怖かった。嬉しいはずなのに、体が自然と震えてた。
 あれは…………二人の関係が、変わりそうで怖かったのかな?
 
「アンタもたいがい乙女だね〜上田さん」
 その時、いつのまにか降りた静寂を突き破るように聞こえてきたのは麻美の声だった。
 ため息混じりに言葉を落とした後、フッと笑う麻美。その目はとても優しかった。
「エッチは最後にするもの、なんて古過ぎだよ。エッチは最初にするものでも最後にするものでもないよ」
 チラッと一瞬、諭すような目であたしを見る。
「そんなに重いもんじゃないよ。軽いもんでもないけどね。好き合う二人が自然と通る通過点っしょ? その先はまだまだあんの。本当に好き合ってる仲なら、エッチくらいで終わりになんないし、エッチだけを求めないもんだよ」
 麻美の声は、しんと静まり返った教室によく響いた。
 自分が注目されてるのに気付いた麻美は、ちょっと照れながら前に向き直る。
 あたしと上田さんに背中を見せたまま、
 
「まぁ……でも急ぐ必要はないと思うから。自分のしたいようにすれば? せっかくの恋だからね。ゆっくり甘酸っぱい気持ちを味わってけばいいんじゃん?」
 
 甘酸っぱい気持ち……。
 あのふわふわな気持ちがそうなのかな?
 あれが恋?
 
 あたしは…………小宮に恋してるの?
 
 分からない。分からないけど、無性に小宮に会いたい。
 会えば分かるような気がする。
 
 小宮とどうしたいのか。
 
 
 この気持ちが何なのか。
 
 
		
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