QLOOKアクセス解析

 

28.初めてのチェリー☆


 

 背中に当たる冷たい床の感触。
 それとは対照的な上からの熱い眼差し。
 とんだ温度差に意識が混乱しかけた。なにこれ。何が起こってんの?
 小宮があたしの上に覆いかぶさってる!
 でもすぐにそれは実感を伴って頭に染み込んできた。
 
 小宮があたしを抱こうとしてくれてる――
 
「比奈さん、ホントに僕でいいの……?」
 間近にある長い睫毛が震える。潤んだ瞳があたしを見つめる。
 いいも悪いも……。
「あたしが誘ったんだからいいに決まってるじゃん」
 当然とばかりにあたしは答えた。どうしてそんなコト訊くんだか。小宮ってば律儀すぎ。
「あったかくて気持ちいいもん、小宮。ずっとこうしてたいよ?」
 にこっと笑って言うとますます赤くなる小宮の顔。それからぎゅっと抱きしめられた。
 
「僕も、ずっとこうしてたい……」
 
 火がついたみたいにかぁっと体が熱くなった。
 
 それホント、小宮!?
 
 どうしよう。嬉しくてなんかムズムズする。たまらずぎゅっと小宮を抱き返す。
 すると伝わってくる心臓の音――どくっどくっどくっ。
 すごい速さ。でもあたしも同じだ。
 どくどく。どくどく。
 もっと感じていたい。
 小宮の音と温度に、もっと包まれていたい。
 
 ――なんだろう、この気持ち。
 
 小宮が欲しい。でも言葉にすると何かが違う。うまく言えないけど違う。
 
 今まで何人もとエッチしてきた。自分から求めたこともあった。
 抱かれる夜はなんだかホッとして――
 楽しくて気持ちよくて、あったかくて――だからそれだけでいいと思ってた。
 温もりをくれるのは誰でもいいと思ってたんだ。
 なのに。
 
 小宮の温もりは…………どこか特別。
 
 他の誰よりもずっとずっと気持ちいい。
 心の底からポカポカして、ふわふわするような気持ちよさ。その中にあるくすぐったさと甘酸っぱさ。
 サクランボを食べたみたいな甘酸っぱさが、あたしを包んでくれるんだ。
 
 このふわふわは、何なのかな――
 
 
「好きに抱いていいんだよ小宮。もうあたしに触るの平気なんでしょ?」
「別の意味で平気じゃないけど……。あんなに触れるのが怖かったのに……嘘みたいだ」
 身を起こしてあたしを見つめる小宮。
「今は……もっと比奈さんにさわっていたいんだ」
 どくん、と心臓が脈打った。
 またあたしの首に顔を沈める小宮。首筋にかかる熱い息がぞくぞくっと背中を震わせる。
「と……特訓した甲斐あったね」
 おどけて言ってみせた次の瞬間、体に電流が走りぬけて息を呑んだ。いきなり首筋にキス!
 
「やっ――!」
 
 思わず反らした背中の下に腕が回され、強く抱き締められる。
 キスは首筋から鎖骨に移動して、たまらず「ひゃんっ」と声が漏れる。
 更に移動を続ける小宮の唇。時々ペロリとされるのは、以前あたしがやったことの見よう見まねに違いない。 
 
「ん……あっ――あっ!」
 
 今ならあの時、どんだけ小宮が恥ずかしかったかが分かる。
 小宮にコレやられると、くすぐったくって仕方ない。声もついつい大きくなる。
 身をよじって耐えてたら、柔らかいキスは胸元にまで下りてきた。
 太股には熱いアレの感触――――
 頭がじんじん痺れてくる。
 
「比奈さん……比奈さん……」
「あっ、小宮っ。こみやぁっ」
  
 熱に浮かされたように小宮の名を呼んだ次の瞬間。
 
 ひゃっ!
 
 大きな刺激に肩が跳ねた。
 
 やっ。熱いっ!
 
 胸の谷間にキスを落とされる。
 それと同時にそっと胸を包み込む手。レースの上から恐る恐る触れてくる。
 
 甘い痺れが全身を走り抜けた。
 
「んっ――!」
 
 だめっ、気持ち良すぎる! なんか体がもたないよ。
 気持ち良すぎて怖いくらい。ぶるっと体の芯が震えてくる。
 
 本当に、エッチしようとしてるんだ、あたし達―― 
 小宮とエッチ、するんだ――――
 
 その時、ぼーっと霞がかった頭の隅っこで、ふと何かが囁いた。
 
 
 ――――しても、いいのかな?
 
 
「っ!?」
 
 なに、いまの。
 すっと頭が冷める。
 
 いいに決まってるじゃん。
 
 エッチするのが約束だったし。あたし、ずっとしたかったし。
 ここでしとかないと、もう小宮と――
  
 小宮と――――

 
 ――――本当にエッチがしたいのかな、あたし?
 
  
 って、なに考えてんの! したいに決まってるじゃん!
 
 あたしが欲しいのは体の温もりなの!
 エッチで繋がれば体も心も満たされるじゃん。あたしはそれだけでいい。
 
 小宮が欲しいの。今だけでも欲しいの。
 ずっと傍にいてなんて望まない。男の人はいつか離れてく。
 お父さんでさえ、離れていった。あたしを置いて――
 
 だから一晩でもいいの。これっきりの仲になっても――――
 
 
 ひいてしまった体の熱を取り戻そうと小宮の背中を抱きしめた。
 あたしの胸に顔をうずめる小宮。ふと気付く。動きが止まってる――?
 
「どうしたの、小宮……?」
 
 不安になって訊くと、小宮の顔が上げられた。
 苦しそうに寄せられた眉。憂いを含んだ長い睫毛。
 それからぎゅっと結ばれた唇が開いた。
 
 
「ダメだ…………。やっぱりできないよ」
 
 
 な――――
 
「なんで……?」
 
 声が震えた。
 
「ごめん比奈さん。僕が最初に言ったこと、取り消すよ」
 
 目の前が真っ暗になる。
 
「あれは僕が本当に言いたかったことじゃないんだ。なんとか比奈さんの足を止めたくて、咄嗟に出た言葉なんだ。今までずっと騙しててごめん……」
 
「なんで今更……」
 
 涙が滲んだ。心臓がぎゅっと絞られたみたいに苦しい。 
 
「勇気がなくて、今まで言えなかったんだ。でも、もうこれ以上黙ってるなんてできない。僕には比奈さんを抱くことはできないから……」
 
「なんでできないのっ!?」
 
 頭にカッと血が昇った。身を起こして小宮の胸を力一杯叩く。
 その途端、心の奥にあった不安が、もやもやが、一斉に噴き出した。
 
「ウソでも最後まで突き通せばいいじゃんっ! そんなにあたしとするのがイヤなの!? ホントはあたしのコト嫌いなんでしょっ!?」
 
 勝手に口が叫ぶ。もう止まらない。
 言葉と一緒に、涙がポタポタと零れた。
 
 小宮は最初からあたしとエッチする気なんてなかったんだ。そんなのとっくに気付いてた。
 気付いてたけど、知りたくなかった。小宮の気持ち。
 小宮はあたしのことなんて。あたしのことなんて――
 
「ちがっ――」
 
「あたしのコト、からかって、バカにしてたの!? ホントにバカだもんね、あたし! こんなコトまでしてバッカみたい!」
 
「違うんだ比奈さ」
 
「そんなにあたしが嫌いなら出てってよっ! あたしだって、小宮のことなんか、小宮のことなんか――」
 
 その時、強く肩を掴まれた。
 払いのけようとした瞬間。
 
 
「好きなんだっ!!」 
 
 
 時間が、止まった。
 
 
 
「――え?」
 
 なに?
 ポカンと小宮の顔を見上げる。視界に飛び込んできた瞳は真剣そのもので。真っ直ぐあたしを見つめてる。
 
「君が好きなんだ! ずっと好きだったんだ! あんなの咄嗟に出た口実で、僕はただ、君の傍にいれたら……君の笑顔が近くで見れたらいいな、って――――本当に、それだけだったんだ!」
 
 何を言ってるのかよく分からない。頭が真っ白になって言葉が出てこない。
 
「ごめん。まるで体目当てみたいなコト言っちゃって……ずっと後悔してた……。女の子に触ることもできないくせに、比奈さんを嘘で振り回して…………何度ももうやめようって思ったんだ。謝って、比奈さんの前から消えようって」
 
 辛そうに目を伏せる小宮。
 
「だけどどうしても勇気が出せなくて――こんな繋がりでもなくしたくなかった。君の傍にいたかったんだ!」
  
 また真摯な瞳を向けられ、あたしはびくっと肩を震わせた。
 
 えっと。何を言ってるのかな、小宮は。
 
 あたしの傍にいたかったって。あたしを好きって――
 
 スキってつまりキライの反対で、小宮があたしをスキってことは――
 
 スキってことは? 小宮が? あたしを?
 
 スキって。え。え。え。
 
 
 えええええええええええっ!?
 
 
 
「こ、小宮が、あたしをスキ? ドッキリじゃなくて? ホントに? あたしを、すき、すきって」
 
 隙をつくとか鋤で突付くとか。そういうのじゃないよね?
 あははは。スキってどう書くんだったっけ。てゆーかコンランしてる、あたし?
 
「ご、ごめんっ。突然変なこと言って! よ、要は謝りたかっただけで。告白とか、そんな場面じゃないよね!」
 
 言い切った後に恥ずかしくなってきたのか、カーッと赤くなる小宮。
 えっと。今どんな場面なんだっけ? さっきまでナニ話してたんだっけ?
 あたし、泣いてたんじゃなかったっけ?
 
「こ、こんなこと、いきなり言われても迷惑だよねっ。だからどうしたって感じだよねっ! ごめん、比奈さん。告白は忘れていいから! 比奈さんが特定の人と付き合う気はないって知ってるから僕っ!」
 
 勢いよく立ち上がってあたしから離れていく体。
 あは。あははは。どっかで聞いたようなセリフじゃない、それ? 
 またおんなじテンパり方してるよ小宮。あはは。
 
「ホントにごめんね!」
 バタバタと服を掴んで走り去ってく音がする。背後でドアが閉まる。
 
 追いかけたいけど、体が動かなかった。
 完全に力が抜けちゃって、ぺたんと座り込んだままボーッと宙を見つめてた。
 
 小宮があたしを……。信じらんない。だって、抱けないって……。
 夢かな? 夢なのかなこれ?
 
 胸の痛みとか、苦しかったこととか、全部どっかに吹っ飛んじゃって。
 頬が熱くてたまらない。
 
 頭にはピンクの靄がかかってる。
 体はふわふわ。雲の上を漂ってるみたいな浮遊感。
 
 ふわふわ。ふわふわ。ふわふわ。
 なんだろこれ。 
 どうしたのあたし。どうしちゃったのあたし。なんだかおかしい。
 まったく力が入らない。
 
 サクランボの山でも食べたみたいな。
 痺れるような甘酸っぱさがあとからあとから湧いてくる。  
 
『好きなんだ!』
 
 頭にこびりつく小宮の顔。リフレインする声。
 またカーッと胸が熱くなる。
 
 
 なにこれ。世界中がピンク色だ。
 
 どこもかしこもピンク色だ。
 
 
 漂うピンクのふわふわの中、サクランボが辺り一面、揺れていた。
 
 
		
HOME  TOP  BACK  NEXT
inserted by FC2 system