「あぁ〜〜っ。もう、わかんなぁ〜〜いっ!」 放課後。掃除の終わったばかりの教室で。 教科書開いて五分も経たず。ギブアップの悲鳴をあげるあたしがいた。 ダメだ。最近、イライラして勉強に集中できない。もうすぐ期末だってのにぃ〜。 小宮との放課後デートもなくなって、ストレスたまりまくりのあたし。 小宮は部活で忙しいのだ。 お店の手伝いさえなければ、あたしも小宮を待って一緒に帰りたいところなんだけど。 お店も相変わらず忙しかった。放課後、こうして宿題をやっつけてから店に向かう毎日。 窓の外は今日もいい雨。校門に向かう傘の花がいっぱい。 ……相合傘もいっぱい。 あ、あ、あたしも小宮と相合傘で帰りたい〜〜〜〜っ。 もちろん、週末にデートはしてる。 だけど何故かデートの時はカンカンに晴れてるんだよね。あたしにケンカ売ってんのかお天道様は。 ああっ! あのカップル、腕まで組んじゃってる! ちょっと! 一応まだ校内でしょそこ! 風紀委員! 風紀が乱れてますよーっ! そんな風にラブラブカップルにやっかみ視線を送ってると。 「比奈」 背後から名を呼ばれた。 聞き覚えのある低い声に一瞬身がすくむ。 ゆっくり振り返ると、そこに立ってたのは―― 「イツキ……」 喉が、絞られたように苦しくなった。 ずっと話を聞きたかったんだ。何から訊けばいい? なんで小宮を殴ったの? なんで最近荒れてるの? あの時、あたしに何を言おうとしたの――? 言いたいことはいっぱいあるのに、言葉が出てこない。 もう触れなくてもいいなら、触れたくないような、そんな弱気になる。 だって、今、あたしの目の前に立つイツキは、すっかりいつものイツキに戻ってるんだもん。 ちょっとシニカルな笑みを持つ口元。力強い瞳。チャラッとしているようで隙のない、全身から漂う野生的なオーラ。 まるで何事もなかったかのような。いつものイツキ。 「ひ……久しぶりだねイツキ」 とりあえずアイサツから。うん、まずはそこから。徐々に核心に近付いていくんだ。 「おう、久しぶりだな。こないだは悪かったな、比奈」 って思った先から直球キター! え? あれ? でも謝ってくれてる!? 「あ、あたしは別に……」 「ちょっと色々あってイライラしてたんだよ、俺」 自嘲気味に肩をすくめて言うイツキ。 「色々……? だからって、どうして小宮を」 「最近、比奈がかまってくれなかったろ? 一緒に遊べばイライラも吹っ飛ばせたのにさ。それがアイツのせいかと思って、つい、手が出ちまった。ホントに悪かったよ」 ぺこり、と本当にすまなさそうに頭を下げてくれる。 そうだったんだ。イライラしてたんだイツキ。嫌なことでもあったのかな。 なのにあたしってば、イツキの気持ちも考えずに誘いを断ってばっかりで……。 「あたしこそ、ごめんねイツキ。イツキが悩んでたなんてちっとも気付いてあげれなかった。あたしでよければ何でも話を聞くからさ。うん、今度またみんなでパァ〜ッと遊ぼ!」 そうだよね。イツキは大事な友達だもん。 たまには小宮とのデートはやめて、みんなと遊びに行かないとね! 「比奈さん」 その時、横から小宮の声がした。 振り向くと小宮が立っている。 多分、掃除から帰ってきたとこだ。これから部活に向かう予定なのか、メガネはコンタクトに変わってる。 「小宮、あの、えっと」 あたしはイツキと小宮を交互に見比べた。 どうしよう。また険悪なムードになっちゃったら。 小宮の表情がちょっと険しくててますます焦る。小宮でもこんな顔することあるんだ。 凛々しくなった素顔の小宮が眉をしかめると、ちょっと迫力。瞳の鋭さにドキッとする。 「よう、小宮。この間は悪かったな」 でも予想に反して、小宮を振り返って頭を下げるイツキの態度は柔らかかった。 あれ? 仲直りムード? 「いきなり殴っちまって、本当にすまなかった。なんなら同じ分だけ殴ってくれてもいいぜ。俺でできる侘びなら何でもする」 イツキの態度は、随分殊勝なものになっていた。 本当に反省してくれたんだ……。その男らしい態度に胸がじぃ〜んとする。 だけど、小宮の表情は和らがなかった。 「別に、もう気にしてませんから。頭を上げてください」 気のせいか、言葉にもどこか棘がある。 どうしたんだろう。今度は小宮がらしくなくなっちゃった。 やっぱりあんだけ殴られたんだもん。すぐに許すのは無理な話なんだよね、きっと。 「そうか。ホントに悪かったな」 「気にはしてませんが、比奈さんとどこか行く時は僕がついていきます。僕も比奈さんのお友達と仲良くなりたいですから」 へ? いきなり何を言いだすの小宮? なんであたしの友達と仲良くしたがんの? 突然の意味不明な言動に目をぱちくりさせるあたし。 ふっとイツキの顔が笑った。 「分かったよ。これから仲良くしような。比奈と遊ぶ時はお前も連れてけばいいんだろ? ――ナイト様」 ポン、と小宮の肩を叩いて横を過ぎていくイツキ。 一瞬、小宮と視線を交わしたようだった。 それから振り返ってあたしへの挨拶か、軽く手を上げる。 「じゃ、また今度な、比奈」 そう言うイツキの口調はいつもの軽い調子で。あたしも「あ、うん、またね」と手を振り返した。 イツキが教室から出て行くと、小宮はあたしを振り返って真剣な表情で見つめてきた。 「比奈さん。そういうことだから、できれば彼と遊ぶ時は僕も連れてって欲しいんだけど」 「うん……まぁ別にいいけどさ。なんか妙な構図じゃない? それって」 クラブに小宮を連れてくこと自体はそんなに変な話じゃないんだけど。 イツキがあたしと二人になりたがったらどうするんだろ。小宮と三人でホテル? うわ。それはヤだな。絶対あり得ない。 他の男友達も、軽く誘ってくるだろうし……。 あれ。 なんか胸がもやもやしてきた。 なんだろう。凄く嫌な気分。 もし、男の子達が誘ってきたら……。 ざわり、と背筋が寒くなる。 え? なにこの感覚? 気持ち悪い―― ブーッ ブーッ その時、スカートのポケットが震えて、慌てて中の携帯を取り出した。 メールだ。ウィンドウを流れる送信者の名前はママ。 となると内容は店のことに違いない。急いで開いてメールを確認。 「――あちゃっ」 案の定の内容に顔をしかめるあたし。 「どうしたの? 比奈さん」 気にして声をかけてくる小宮に、参りましたとばかりに手を広げてみせた。 「うちの店の人が、風邪でお休みするって。ただでさえ今、ヒト足りてないから、今日は臨時休業にするしかないかなって、ママが。金曜日は稼ぎ時なのになぁ〜……」 ため息を吐きつつ答える。 小宮は心配げな眼差しであたしを見て言った。 「そっか……大変だね。僕に手伝えることがあればいいんだけど……」 ん? あれ? それってなかなか良くない? 「小宮、手伝ってくれるの?」 上目遣いにじっと小宮を見上げる。 「え? うん、まぁ僕にできることだったら」 「じゃあ、悪いけどお願いしていい? ホールスタッフなんだけどお皿とか運ぶだけだから!」 あたしは声を弾ませて小宮の手を取った。 小宮と一緒に汗水流して働ける! それはなんだか魅力的な響きで。ウキウキと胸が弾んでくる。 「一緒に労働しよ〜ね、小宮!」 首に抱きつきながら言うと、小宮は硬直した状態でコクコクと頷いた。
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