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22.純情少年は変身する


 

 
 小宮が変わった。
 
 
 
 イツキとのケンカから数週間。
 何事もなく、平穏に日々が過ぎていってるんだけど。
 あたしと小宮の仲は、微妙に変化しつつある今日この頃。
 なんでかっていうと、小宮が変わったからだ。
 
 まず、見た目ががらっと変わった。
 運動するのに邪魔だから、ということで、コンタクトをするようになったのだ。
 いつもというわけじゃないんだけど、少なくとも部活の時とたまに昼間も。
 朝練の後、換えるの面倒だからって時はそのままコンタクト。
 それならいっそメガネやめちゃえばいいのに、メガネはメガネで楽だし愛着があるから手放せないらしく、あのメガネも一応健在。小宮ってじじっ子だから……。
 
 変わった外見はそれだけじゃない。ボサボサだった髪も短く切って、全体的にスッキリした。
 整った顔立ちがはっきり現れて、好感度大幅アップ! 当社比数十倍!
 
 ――断然、カッコ良くなった。
 
 今の小宮はもうすっかり爽やか青年だ。
 そう、少年じゃない。見た目だけじゃなく、小宮は雰囲気も変わったのだ。
 少年っぽさが日に日に抜け落ちて、体つきもちょっと逞しくなって、なんてゆーか全体的に凛々しくなった。
 
 となると当然、注目を浴び出すわけで。
 
 
 
「小宮く〜ん! 数学で分かんないところがあるんだけど、教えてくれる〜?」
 
 甘さを含んだ黄色い声が、数席向こうの小宮に向けられる。
 ナニアレ。ノートに走らせてたシャーペンの芯がポキッと折れた。
 あのコ達、1組のコじゃない? 教室何個またいで来てんの。自分のクラスのヒトに訊きなよっ。
 
「あ……うん。僕でよければ……」
 
 ヒトが好すぎんのよ小宮はっ。女の子苦手なんだから断りゃいいのにっ。
 
 自席で自習しながら耳をそばだてるあたしの数席向こうで、神経を逆なでしてくれる会話が繰り出されてる。
 もちろん、小宮は真面目に質問に受け答えてるだけだ。だけど周囲を囲む数人の女子達はとても真面目に質問しているとは思えない。
 
 
「えっと、まずこの式で因数分解できるところは……」
「あぁ〜〜小宮君、このペン使ってんだぁ! あたしも全色持ってんだぁコレ」
 
 ノートに書きながら解説する小宮の手元を、わざとらしく覗き込んで発される声。
 説明を聞きなよ。ペンはどうでもいいっしょ。
 
「ご、ごめんっ。もうちょっと、離れてくれるかな?」
 
 そうだよ。くっつきすぎだってのっ。
 カチカチと鳴らしながら、シャーペンの芯を出す。
 
「でも小宮君、字がちっちゃくてよく見えないんだもん」
 
 ボキッ
 ここに虫眼鏡あります。お貸ししましょうか?
 
「ごめん。もう少し大きく書くね」
 
 いっそ黒板に書いてさしあげて小宮。
 
「キレイな字だよね〜」
 
 何しに来てんのアンタら。
 
「あの……もうすぐ休憩時間終わるから……」
 
 ナイス! お帰りはあちらです!
 
「じゃあ、またお昼に訊きに来てもいい?」
「うん。それまでにまとめとくよ」
 
 延長戦かいっ! まんまと作戦にはまってるよ小宮っ!!
 
 
「比奈……ノートに穴開くよ……」
 呆れ目の麻美があたしのノートを見て突っ込んだ。
 あちゃ。いつのまに。
 あたしはノートから突き刺さったシャーペンを引っこ抜いてごまかし笑いを浮かべた。
「あはははっ。バインダー式にしようと思ってっ」
 そうそう。丁度バインダー式欲しかったんだよね、うん。
「バインダー持ってないじゃん」
 
 …………。
 
 ……後で購買で買ってこよう。
 パタン、とノートを閉じ、席を立って教室を出る。行き先はトイレなんだけど。
 ちょうどその時、小宮も教室から出てきて振り返ったあたしと目が合った。
 
「……小宮もトイレ?」
「うん」
「一緒に手を繋いでく?」
「えっ。トイレの前まで? 白い目で見られちゃうよ」
 大丈夫。あたしがもう白い目で見てるから。
 
 有無をいわさず小宮の手を掴みにいく。人目なんてどうでもいい。
 
「ちょっ! 比奈さんっ!」
 
 いつも通り赤くなる小宮に少しホッとした。
 反応は相変わらずだ。あんだけ女の子に囲まれても純情っぷりは変わらない。
 
 
 一度、あたしを抱きかかえることができた小宮なんだけど。
 あれからスキンシップ可能になったかというと、そんなコトはなかった。相変わらずのウブウブ君。
 やっぱりあれは咄嗟だったからみたい。残念賞〜。
 
 ――ただ、確実に強くなってはきているようで。
 
 ここんところ、小宮は特訓で一回も気絶していない。先週のデートではあたしのハグに一分耐えた。
 むぎゅっと背中に抱きついて一分後。真っ赤な顔で「ギブアップです」、と小宮。
 それ以上は逃げたくなるらしいけど、でも逃げないでいてくれる。そんな微妙な変化にちょっとグッときた。
 
 ちなみにあたしに起こった異変は、あれ以来なりを潜めている。一時的に血圧上がっただけみたいでホッと一安心。
 最近、感情の起伏が激しいから、そのせいで高血圧症、不整脈なんかを引き起こしてるんだと思う。イツキのこととか心配ごともあるし、心にストレス溜まり気味なのかも。
 今までのほほんと生きてきたから、ストレスに弱いんだよね、きっと。もっと大らかにいこう…………とは思うんだけど、どうも小宮を見てると、ちょっとしたことで心が乱れるっていうか。感情の制御がしづらい時がある。
 
 今もやたらイライラしてるし……。
 
 
「……あたしも期末の範囲で教えて欲しいところがあるんだけど」
 並んで歩く小宮を横目にもごもご言うあたし。その先はぐっと呑みこんだ。
 
『だから、お昼はあたしと一緒にいて』
 
 ヤキモチ焼いてるみたいじゃん、そんなの。彼女でもないのに図々しい。
 みっともない独占欲。お気に入りのオモチャを取られた子供か、あたしは。
 もっと大らかな気持ちでいなきゃ。落ち着け落ち着け。
 
「いいよ。放課後、一緒に勉強する? 部活が始まるまでだけど」
「お昼……」
「うん?」
「……なんでもない……」
 
 危ないところでなんとか口を閉じた。
 ウザイ女とか思われるのだけはヤだ。あたしはサバサバ系でいくんだもん。
 でも指が勝手にいじいじしてしまうのを止められない。ううっ。
 と、小宮がふいに明るい声をだした。
 
「そうだ、比奈さん。お昼、食べ終わったら花壇見にいこうよ。朝顔がキレイに咲いてると思うんだ」
「え?」 
「放課後は勉強だから、お昼でいいかな?」
「でもさっき、お昼に約束してなかった? 女の子達に数学教えるって……」
「ん? あれ、聞いてたの? 解き方まとめたメモ渡すだけだからすぐ済むよ」
「ホント!? すぐ終わる!?」
「うん。最近比奈さんと公園行ってないから。和みの時間が欲しいんだ。平日も、比奈さんがよければ、たまに裏庭の花壇を見に行きたいな」
 
 和みの時間!? あたしと一緒の時間、和んでくれてるんだ、小宮!
 
「行く行く! あ、麻美も誘っていい? 麻美も花好きなんだよ!」
 ついはしゃいで言うと、くすっと笑う小宮。「いいよ」と快く承諾してくれる。
 それからふと思いついた顔で、
「あ、そうだ。今週末、バラ園にでも行こうか。夏の花が見所の時期だよ」
 
「行くぅぅ〜〜〜〜っ!!」
 
 嬉しさのあまり、がばっと抱きついた。
 
「うわっ! ……比奈さん、突然すぎ。僕にも心の準備ってものがあるんだから……」
「えへへ、ごめーん。でも心臓が鍛えられるっしょ? これも修行の一環ダ! ってことで」
「ご指導ありがとうございます……。もうちょっと時と場所を選んで欲しいけど……」
 あ、そういえば廊下だった、ここ。ぱっと離れるあたし。
「……でも、おかげで最近分かったことがあるんだ」
「え? なに?」
 キョトン、と真っ赤になった小宮の顔を見上げる。セクシーな目元を隠すメガネは、今はない。
 その思わず見惚れたくなる顔をつい、っと寄せてくる小宮。あたしの耳元に囁きかける。
 
「比奈さんに抱きつかれると湧きあがってくる、むずむずするカンジ……。これ、『嬉しい』ってコトなんだね」
 
 えっ!?
 
 う、嬉しい? あたしに抱きつかれて?
 
「今まで、女の子に触られるとワケわかんなくなって、ただ『恥ずかしい、怖い』ってしか感じなかったけど……『怖い』、の中には『嬉しい』があるんだって。なんとなく……分かってきたかも。比奈さんのおかげだね」
 
 ちょっと待って小宮。それはあたしだから嬉しいの? それとも他のコでも嬉しいの?
 そこんとこハッキリさせてぇぇ〜〜!!
 
 
「きゃっ!」
 
 その時、階段の方で悲鳴があがった。
 
「あ、大丈夫ですか!?」
 
 すぐさま駆け寄る小宮。
 女子生徒が階段の下で尻餅をついてる。どうやら階段から滑り落ちちゃったみたい。
 筆記用具やら本やらが床に散らばって痛々しいことに。
 あたしも駆け寄って転がってるシャーペンを拾う。
 
「あいたたぁ〜〜。みっともなぁ〜〜」
 笑うしかないってな顔でお尻をさする女子。本を拾い集めた小宮が、
「この階段、危ないね。滑り止め欠けてて。修理してもらえないか先生にきいてみるよ」
 と彼女を気遣いながら言う。
 それを聞いてハッとなった女子は、小宮の顔にじぃーっと見入りながら、
「あ……どうもありがと……です」
 ポーッとした様子で、微かに頬を染めながら答えた。なんだか嫌な予感。
「怪我はない? 一人で立てる?」
「えっと、あ、足、挫いちゃったかも……」
「じゃあ保健室に行った方がいいね。僕でよければ手を貸すけど……女の子の方がいいよね。比奈さ――」
 
「どうもすみません! 是非、手を貸してください!」
 
 マテマテマテ。なんでそこで小宮の腕をがしっと掴む?
 
「わっ! ちょっ……ゆ、ゆっくり立ってね……」
 
 小宮はぎこちない愛想笑いで応じる。顔を赤らめながら少し困った風に。
 分かってる。小宮が赤くなるのはいつものこと。女の子に触られるとそうなるんだもん。仕方ない。
 
 仕方ないって、分かってるけど……。
 
 
「あ、あたしも保健室、一緒に行くよ!」
 
 
 気付けばその子の腕を掴んでそんなコトを口走ってたあたし。
 
 ダメだ。やっぱりガマンできない!
 
 
 最近、油断ならないよ小宮ぁ〜! 女の子の視線集めてるって自覚ないの!?
 
 
 あからさまに迷惑そうな女子の視線を気付かないフリして付き添いながら。
 
 
 小宮の成長を素直に喜べない自分に自己嫌悪……のあたしだった。
 
 
		
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