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2.メガネ男子現れる


 

「おっはよぉ〜!」
 
 今日も快晴。
 校門入ってすぐの所で、校舎に向かう麻美の後ろ姿を見つけた。
 元気良く声をかけると、今日も可愛いカールがきまってる美人系の親友が振り返って「おはよ」と笑った。
「今日はポニテなんだ? 左右非対称で可愛いねソレ」
「うん、左側だけピンでとめてあるんだ。うまくふんわり散らせなくて何回もやり直しちゃった」
 鏡の前で格闘すること三十分。なんとか成功したアレンジポニテを褒めてもらえると嬉しくて小躍りしちゃう。
 あたし、いつもは下ろして、片側の一部だけ高めの位置で結ぶヘアスタイルが多い。でも春って、なんかアップにしたくなるんだよね。ポニーテールって可愛いし、たまにやってみたくなる。
 ありがちだけど、チェックのプリーツスカートにシャツ、胸には赤いリボンというウチの制服は、可愛いめのヘアスタイルがよく似合うんだ。
 
 麻美と二人、今日の放課後どうするかで盛り上がりつつ昇降口に到着。目が合った何人かの友達と朝の挨拶を交わして下駄箱のフタを開けた。
 
 ん……?
 
 次の瞬間、目をぱちくり。
 そこには見慣れた上靴……があるのはもちろんだったけど。見知らぬ封筒も入っていたのだ。
 白い無地のシンプルな封筒。
 取り出して、中を見るとメッセージカードが入ってる。
 と、くればまぁ、ピンとくるのはラブレター。中学時代からラブレター慣れしてるあたしはメンドイなぁ〜と頭を掻いた。
 しかもコレ、更にメンドイことに――
 
『お話したいことがあります。
 放課後、屋上に来てもらえますでしょうか。
 待ってます。              小宮』
 
 呼び出しの手紙じゃん。
 
 小宮……小宮……誰だっけ?
 聞いたことある名前なんだけど、思い出せない。男だったっけ女だったっけ?
 
「なに? ラブレター?」
 手紙に目をとめた麻美が訊いてきた。
「分かんないけど、多分そう。放課後待ってますって。ゴメン麻美、今日は遊ぶのナシ」
「りょーかい。しっかし、まだ比奈にアタックしてくるヤツいるんだね。特定の相手と付き合う気はないって、何回も言ってるのにね」
 
 そう。あたしは「付き合ってください」と言ってくる男をこれまで何人も振っている。
 だって一人だけと付き合うのって、考えられない。他の男と仲良くすると怒られたりワケわかんない。そういうのってメンドくさい。
 軽くため息をつきながら教室へと階段を昇った。
 
 
 そして放課後。
 
 
 麻美と教室の前で別れて、一人、屋上に向かった。
 重い扉を開けると、一気に風がなだれこんできてブルッと身震い。四月の屋上はまだ寒い。
 せっかくのふんわりポニテがくしゃくしゃになる〜と心の中でブツブツ文句言いながら目を閉じて外に出た。
 
「浜路さん」
 
 弾んだ男の声が聞こえて顔を上げる。
 そこにいたのは茶色い縁のメガネをかけた男子。ひょろっと細くて背はまぁまぁ。顔は優しげで第一印象は悪くない。でもその古臭いメガネはいただけない。
 
 えーと、どっかで見た顔なんだけど、どこだったっけかなぁ……。
 
「あ」
 
 思わずポン、と手を打った。拍子に声も出た。
 
 昨日、お昼に目が合ったメガネ男子!
 てゆーかクラスメイトじゃん! 気付けよあたし!
 
「えーと、その様子は僕が誰だか今気付いたってことなのかな?」 
 明らかにガッカリした顔で言う小宮君に、ゴマカシ笑いを向けた。
「アハハ、バレちゃった? まだクラスのコの名前、全部覚えてなくて。ごめーん」
「まぁ僕って地味だしね……でもこれで覚えてもらえたよね?」 
 うん、と頷くと、小宮君の顔は少し嬉しそうになった。
 
 そうそう。クラスに必ず一人はいる冴えない優等生風の男子。
 下の名前は思い出せないけど、確か成績も良くて大人しい模範生だって誰かが言ってた小宮君だ。
 え? もしかしてこの小宮君があたしに告白? 全くタイプが違うイメージなんだけど。
 むしろ風紀の話で注意とかされそうな予感。でもそんな話で屋上には呼び出さないだろうし……。
 
「で、あたしに話ってなにかな? 言っとくけど『付き合ってください』とかだったらお断りしちゃうよ、あたし」 
 長々と告白されるのも面倒なので、先にバシッと言っておく。一瞬小宮君の顔がひきつった。  
 ん。やっぱ図星かな?
 じっと返答を待ってると、小宮君の目があたしから逸らされ宙を泳ぎだした。
 なんて言おうか考えてる様子。
「そういう話ならこれでもう終わりだよね? じゃ、あたし帰るね」 
 手を振って、くるっと体を反転させる。
「あっ! ちがっ、違うよ浜路さん!」
 背後で叫ばれて「ん?」と振り返った。また小宮君の方に顔を向ける。
 続く言葉を少し待ってみることにして、その体勢のままじっと彼を見る。
 小宮君は恥ずかしそうに目を伏せながらしばらくもじもじしてたけど、なんとかあたしが欠伸を出す前に話し始めてくれた。
 
「あ、あの。ひかれるかもしれないけど、実は僕……」
 段々小さくなる声でボソボソと言う小宮君。
「うん。実は僕?」
 訊き返すあたし。
 
 ひゅう、とまた強い風が吹きぬけた。その風が去った後に聞こえた消え入りそうな声は。
 
「童貞…………なんだ」
 
 ……………。
 
「………………………………」
 
 …………………………………………。
 
 
 
 えーと……悪いけど、なんとなく納得。
 
 優に十秒は流れた白い空気の後、「そっか〜」とでも返そうかと口を開くと、小宮君が先に言葉を続けた。
 
「そ、それで、そのことを友達にバカにされててっ。僕もなんとかしたいし、は、浜路さんにご指導いただけたらとっ」
「へ? ご指導?」
 キョトンとして訊く。
「うん、えっとつまり、僕と、その…………うあぁぁゴメン、こんなの引きまくりだよねっ!」
 突然、小宮君は真っ赤になって自己完結を始めた。頭を抱えて勢いよくうずくまる。拍子にメガネがずりっとずれてナナメになった。
 
 サイズ合ってなくない? それ。
 
 そのあまりのアワアワぶりがなんだか可笑しくて思わずあたしは笑ってしまった。
「アハハハ! ようはあたしとエッチしたいってことだよね?」
 なるほど〜。そういう話か。それで歯切れが悪かったんだ。ナットクナットク。でもまさか小宮君からそういう話が出るとは思わなかったからビックリしちゃった。
 
 言うと、更に落ち込みだす小宮君。もう耳まで真っ赤になって顔を俯ける。
「ゴメンっ! ホントにゴメンっ! 変なコト言って! 忘れて今のはっ!」
 どんどんテンパってく小宮君の肩を可笑しすぎてお腹を抱えながら叩いた。
「そんな気にすることないよ〜。初体験したいんでしょ? あたしでよければお相手するよ?」 
「失礼にも程があるよね! あ〜〜もう、ホントになんてコト言っちゃったんだよ僕……って、えええええっ!?」 
 こっちの鼓膜が破れそうなくらいの大声と共に顔を上げる小宮君。ビックリまなこがあたしを下から覗き込んだ。
 
「い、今、なんて……」
「だからぁ〜、小宮君の脱・チェリー、手伝ったげるよ?」
 小宮くんは呆けた顔で目を数回パチパチさせた。
「ホントに……? え? ホントに僕とその……アレを……」
「うん、エッチでしょ? いいよ。あたし一対一でお付き合いとかはダメだけど、エッチするくらいなら全然いいよ? 小宮君、面白いし」
 
 第一印象と百八十度違う崩れっぷりがなかなかナイス。小動物みたいな慌てようがまた可愛いし。思わず弄りたくなるいいキャラしてるよ小宮君!
 
 笑いながら言うと、なんでだか小宮君の瞳が揺らいだ。一瞬目を伏せ、複雑そうな顔をする。
「ん? やっぱやめとく?」
 あんまり乗り気じゃないのかな?
「あ、いえ、是非っ! 是非お願いしますっ!」
 と、突然条件反射みたいに立ち上がる小宮君。あまりに勢いが良かったのであたしの顎にぶつかるかと思った。
「ぼ、僕なんかとじゃつまらないと思うけど、精一杯頑張らせていただきますのでよろしくお願いしますっ!」
 ビシッと直立した後、ナナメ四十五度の綺麗なお辞儀。
 軍人さんの敬礼ポーズとか似合いそう。
 
「そんなに固くならなくていいよ。あたしのことは比奈でいいし。あたしもコミヤって呼び捨てにしていい?」
「あ、はい! ……じゃなくて、うん。どう呼んでもらっても」
「下の名前なんだっけ?」
「啓介(けいすけ)。小宮啓介」
 啓介、啓介、っと。オッケー。インプット完了!
「じゃ、小宮。これからよろしくね、小宮」
 すっと手を差し出しながら言った。
 うん、仲良くやっていけそう♪
 その姿勢のまま数秒待つ。
 
 ……あれ?
 
 なんか、あたしの手が淋しいことになってない?
 ここは固い握手が交わされる場面だと思ってたんだけど……。
 
 小宮からの握手はなかなか返ってこなかった。
 奇妙な空白が流れる。
 不審に思って小宮の顔を覗きこむと、小宮の視線はじっとあたしの手に注がれていた。口元をひくっと引き攣らせて固まってる。
 突付いてみようかな、と思った矢先、ハッとした顔になって口を開いた。
 
「あ……ご、ごめん。僕、今、手が汚れてて……えっと……そ、そう! さっき転んで変なモノが手に付いちゃったんだ。だから、握手は遠慮しとくよ」
 そっか。手が汚れてるんなら仕方ないよね。 
「変なモノって?」 
「え!? えーっと…………納豆」
 それって道端に落ちてるもんなの?
 微妙に納得がいかないけど、ともかく握手はやめにして手をひっこめる。
 まぁ、多分、拒否られたワケじゃない……と思っとこう。
 そんなあたしの様子に小宮は慌てて姿勢を正した。
「ごめんねっ。あ、あのっ。でも浜路さんが引き受けてくれてすごく嬉しいよ! 本当に、どうもありがとう。これからよろしく、浜路さん」
 
 あぁ〜もうカタイなぁ〜。
 これからエッチしようって仲なのに。
 
 あたしは恐縮しながら言う小宮にピッと一本指を突きつけた。
「比奈、って呼んでよ。友達に浜路さん、なんて呼ばれたくないよあたし?」
 チッチッチッと指を振って『ノンノン』のポーズ。小宮の頬がポッと赤くなった。
 
「ひ……比奈………………さん」
 
 うーん。要するに照れ屋さんだね、キミは。
 
 『さん』付けは気になるけど、ま、いっか。
 それ以上深くは追及しないことにして、にこっと承諾の笑みを返す。
 つられて小宮もにこっと笑った。微妙に引き攣り笑い。なんだか可愛い。
 
 気が弱そうなところが難点だけど、顔も悪くないし、たまにはこういうタイプもいいかもしれない。
 意外とエッチも上手いかもしんないし。なんといっても笑えるし!
 
 
 吹き抜ける風が和らいで、心地良い春が顔を出してくる。
 
 
 なんとなく楽しくなりそうな――そんな予感がした。
 
 
		
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